2017年3月18日土曜日

対象犯罪 矛盾そのまま 「共謀罪」与党審査検証

対象犯罪 矛盾そのまま 「共謀罪」与党審査検証
2017年3月18日 東京新聞朝刊

 政府は昨年末、与党に「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案の概要を示した。
対象犯罪は六百七十六で、過去の法案の六百十五より増えていた。

 「世論は(同法案の必要性の議論に)追い付いていない」。
周囲にそう話していた公明党幹部は処罰範囲が広すぎると判断。
外務、法務両省の担当者に「安倍晋三首相は二〇二〇年の東京五輪・パラリンピックのためにテロ対策が必要だと言った。
テロ関連の罪だけでいい」と強く指示した。

 政府担当者が「国際組織犯罪防止条約を批准するために懲役・禁錮四年以上の罪を一律に対象にした。
ただ、処罰対象を『団体』から『組織的犯罪集団』にするなど厳格化したから問題ない」と説明しても、公明党幹部は譲らなかった。

 政府が二月末、正式に与党に示した法案の犯罪数は二百七十七。
大幅削減したことで、過去の政府説明との矛盾が生じた。

 二月二十八日から審査を始めた自民党法務部会では「条約解釈上、びた一文まけられないと言っていたはずだ」
「ウソをついたのか? 無知だったのか?」と批判が相次いだ。

 外務省は「以前は条約批准ができないリスクを避けた」と同省の判断で六百超にしたと説明した上で謝罪した。
自民党総務会でも、「バナナのたたき売りのようだ。場合によっては百にもなるのか。これで国民を説得できるのか」と怒号が飛んだ。

 政府は「犯罪の内容に応じて選別することは、条約上できない」とした〇五年の答弁書は「変更しない」としている。
対象犯罪削減との矛盾は解消されていない。

 国会審議に持ち越された疑問はまだある。

 自民党法務部会では、過去に大学サークルが集団で女性を乱暴した事件に触れ
「警察はサークルをことごとくチェックするのか」との質問が出た。

 法務省の出席者が「サークルは実行に向けての指揮命令系統がないので該当しない」と答えても、
ある議員は納得できず「体育会系なら指揮命令系統はある」と指摘した。

 事前審査で、法務省は「暴力団による資金集めや勢力拡大を目的にした犯罪は同法案の処罰の対象だ」などと暴力団を例にした説明を多用。
処罰対象の中心を、国際的なテロリストに置いていない実態がにじんだ。
「君たちは正直すぎる」。自民党議員からため息がもれた。 


第5の思想弾圧事件(滝川事件)
1933年:滝川事件
 1933年3月になり共産党員およびその同調者とされた 裁判官・裁判所職員が検挙される 「司法官赤化事件」 が起こった。
 この事件をきっかけに、5月26日、文部省は文官分限令により
京都帝国大学法学部の滝川幸辰教授の休職処分を強行した。
滝川の休職処分と同時に、京大法学部は教授31名から副手に至る全教官が辞表を提出して抗議の意思を示した。


1934年に、
(1)文部省の学生部(1928年に設置した学生課)を 「思想局」 へ昇格させた。
(2) 国民精神文化研究所が、文部省の直轄する研究所として発足した。
 これらが教学思想を確立するための活動を開始させることとなった。


1936年に設置された「日本諸学振興委員会」が,学問領域の全般にわたって「日本学」の方向を打ち出した。

あらたな取締対象を開拓
 1937年6月の思想実務者会同で、東京地裁検事局の栗谷四郎が、検挙すべき対象がほとんど払底するという状況になっている状況を指摘し、特高警察と思想検察の存在意義が希薄化させるおそれが生じている事に危機感を表明した。
(1935年から1936年にかけて、予算減・人員減があった)
 そのため、あらたな取締対象の開拓がめざされていった。 

治安維持法適用対象を拡大し、宗教団体、学術研究会(唯物論研究会)、芸術団体なども摘発されていきます。

1937年3月には思想局(1928年の学生課)から『国体の本義』7)が発行されて、教学刷新の基準が明確にされた。

1937(昭和12)年7月には,すでに,教学刷新の中心機関である 思想局 (1928年の学生課)が、文部省外局 「教学局」 に昇格され,学問研究に対する統制の中枢をなした。

(当ブログのコメント: この 教学局は、 1937年に開始された、「国民精神総動員」運動の名のもとに先の教化総動員を再編成した大規模な 日本精神発揚の教化運動 を推進する中心であり、教化運動を計画する本部です。安倍内閣を支配している「日本会議」は、この、「 大規模な 日本精神発揚の教化運動 」を理想としていると推察します。)


1940年1月 「生活図画事件」
(生活綴方教育が「子どもに資本主義社会の矛盾を自覚させ、共産主義につながる」として、教員らが一斉検挙される事件が起きる。逮捕されたのは、五十六人ともいわれる。)


 大熊信行が,1943年7月から11月まで「婦人公論」に連載していた『新家政学』は,軍の干渉により執筆禁止となった。
その理由は,内容に天皇中心思想を欠くというものであった。
これは明らかに, 科学に代る精神主義が再び重視されてきた ことを意味している。 

・・・
  このように,戦時下の生活科学構想はそれ自体戦争協力の学でありながら,しかも権力と精神主義の攻撃の前に崩れていったのである。
 (もっと読む)

(注意)安倍政権を支配する「日本会議」が目指す戦前の国民的な心理,意識,生活を支配し,規制していたものは,国体論と精神主義を柱とする天皇制イデオロギーであり,それは あらゆる非科学性の根源であった。

1945年に、
22歳の司馬遼太郎が栃木県佐野市で陸軍少尉として終戦を迎えた。
その時に、大本営からきた東北人の少佐参謀が、
アメリカ軍(連合国軍)が東京に攻撃に来た場合に、栃木から東京に移動して攻撃を行うという作戦を命令した。
その命令の遂行方法に関して、ある若い将校が、
「市民と兵士が混乱します。そういった場合どうすればいいのでしょうか。」
と参謀に聞いたところ、
参謀は

「轢き殺してゆく」
と言った。
司馬遼太郎は、その参謀の返事を聞いて、
「なぜこんな馬鹿な戦争をする国に産まれたのだろう?
いつから日本人はこんな馬鹿になったのだろう?」
との疑問を持った。
司馬遼太郎は、その疑問に対する答えとして、
「昔の日本人はもっとましだったにちがいない」として、
「過去の22歳の自分へ手紙を書き送るようにして小説を書いた。」
と述懐している。


『敗北を抱きしめて』(岩波書店)歴史家ジョン・ダワー著

1945年4月から6月まで続いた沖縄戦では、1万人以上のアメリカ人が死んだ。11万人以上の日本軍が壊滅した。沖縄住民の約3分の1、おそらく15万人におよぶ男女と子供が殺された。

 日本の降伏により、日本軍の実態が明らかになった。日本軍の集団としてのまとまりや規律は、軍部がくりかえし宣伝した「忠」とか「和」とかいった理念の上にではなく、実は上からの抑圧を強制していく権威主義的な仕組みの上に築かれていた。上官は、尊敬よりも恐怖によって命令を徹底させていた。そのため、敗戦になると、それまで抑圧されていた深い復讐願望が一挙に解放されることになった。
 極端な場合には、そうした敵意から、元上官を殺害した者もいた。
 降伏後、こうした感情は、はじめて公然と表現された。ある復員軍人は、自軍の指揮官たちの暴虐によって殺された戦友たちの霊を、どう慰めたらいいのかと問いかけていた。昔の言葉に、敵を「冥土の土産にする」というのがある。これは自分が死ぬときは敵を道連れにするという意味であったが、自分の戦友たちは、いざ玉砕のおりには敵ではなくて上官の1人を冥土の土産に連れていくつもりであったと述べている。
 日本の降伏の前には考えられなかったこうした実態暴露は、「1億1心」なる戦争中の宣伝が、たわ言にすぎなかったことを白日の下にさらした。

----コメント-----------------------
 この日本軍の体質は、太平洋戦争中は日本の支配下にあった韓国の軍隊にも遺伝しているのではないか、と推察します。
(1)韓国軍での乱射事件捜査結果を発表(韓国軍内のいじめが原因)(2014年7月15日)
(2)2014年7月31日、韓国海軍の「要注意(関心)兵士」が、所属していた軍艦内で首をつって自殺していたことが分かった (2014年8月1日)
(このところ韓国では、6月にGOP(一般前哨)銃乱射、7月27日には陸軍兵士2人が自殺と、同様の事件が相次いでいる。)
(3)韓国軍の兵士集団暴行死で引責:韓国陸軍参謀総長が辞意(2014年8月5日)
(4)韓国で軍人による犯罪は昨年7530件 過去5年で最多(2014年8月7日)
(5)韓国軍兵士の4割がうつ病、日常的ないじめなどが原因(2014年8月18日)

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1945年
 占領軍の指揮官のマッカーサーは、日本の徹底改革&天皇制維持の姿勢を決めていた。ワシントン政府は、日本の改革・天皇制いずれにもフラフラしてた。結局はマッカーサーが独断専行で決めていく。

 そのマッカーサーを、日本国民は熱烈歓迎する。
ここで労働基準法を作り組合活動を合法化し、戦前・戦中に拘束されていた社会主義者・共産主義者が釈放される

1945年10月4日、
 マッカーサーから治安維持法(共謀罪)の廃止を要求された日本の東久邇内閣は、それを拒絶し総辞職した。
 すなわち、日本の支配層は、敗戦後に、弾圧した国民の復讐を恐れ、日本占領軍に逆らってでも治安維持法を守ろうとした

 しかし、戦後にアメリカから与えられた民主主義体制によって日本の治安が良好に保たれたので、
戦前の治安維持法(共謀罪)も、共産主義者の暗殺行為も、思想善導も必要無かった。


「児童を保護するため」と言った児童ポルノ規制法は、実際は、
「児童ポルノ単純所持罪は児童を逮捕するための法律かも」
でした。
(このグラフの元データは、警察庁の生活安全の確保に関する統計のうち、「平成25年中の少年非行情勢について」の報告による)

同様に、「国民をテロから保護するため」と言うテロ準備罪は、
「国民を逮捕するための法律」のようです。

もう一度言う、福島原発事故の主犯は安倍晋三だ! 第一次政権時に地震対策拒否、事故後もメディア恫喝で隠蔽…
2016.03.11
『京都大学工学部原子核工学科出身の吉井議員(共産党)は、2006年3月に、津波で冷却水を取水できなくなる可能性を国会で質問。第一次安倍政権が誕生 して3カ月後の2006年12月13日には「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」を政府宛に 提出。「巨大な地震の発生によって、原発の機器を作動させる電源が喪失する場合の問題も大きい」として、電源喪失によって原子炉が冷却できなくなる危険性 があることを指摘した。

 同年12月22日、「内閣総理大臣 安倍晋三」名での答弁書では、吉井議員の以下の質問に以下の返答をした。
(吉井):「原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると、原発の負荷電力ゼロになって原子炉停止(スクラムがかかる)だけでなく、停止した原発の機器冷却系を作動させるための外部電源が得られなくなるのではないか。」
(安倍):「外部電源から電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電力により、停止した原子炉の冷却が可能である。」』 


 【 特定秘密保護法、自由主義社会からの脱落への途を歩み出した日本 】
AP通信 / ワシントンポスト 11月26日
(自由・平等を保障する民主主義に、キバをむき始めた安倍政権
「日本の報道の自由に対する深刻な脅威」国外の有識者からも深刻な懸念
国民の監視の目が届かないところで、国民の目に触れることなく、自分たちが望む形にこの国を変えてしまうための環境づくり)

また自民党は、テロ準備罪(治安維持法)の成立に向けて、以下の憲法改悪案で運用したいと考えているようです。
(憲法36条)公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
自民党案では:「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、これを禁ずる。」に変えます。
テロ準備罪(治安維持法)の運用等で止むお得ないと総理大臣(安倍)が判断した場合は、拷問を許可するようです。 


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失策続く稲田氏の防衛相はもう限界 --- 中村 仁

失策続く稲田氏の防衛相はもう限界 --- 中村 仁
アゴラ 3/17(金)

交代させ多難な国際情勢に備えを

 失言、失策があるたびに、野党の要求を聞き入れ、閣僚を交代させていては、首がいくつあっても足りません。
今度ばかりは、稲田防衛相に辞任してもらい、日本の国防を任せられる人に交代させるべきでしょう。森友学園問題における発言訂正のごたごたを契機に、交代させる機会にするのが賢明な選択です。
防衛問題のほうが心配なのです。

 このままでは野党の攻勢で国会が森友学園問題でくずぶり続け、予算案の審議、朝鮮半島情勢への対応、米国との通商交渉への備えなど、国会本来の重要課題にいつまでも取り組めません。
本来なら、国内の学校法人の問題で、防衛相を更迭するのは筋違いです。
安倍首相らが「本人に説明責任を果たしてもらう」ことで、通常ならば落着するのでしょう。
今度ばかりはそうはいかないのではないですか。

 火の粉が自分にも飛んできている首相は、森友学園問題を司法機関の手に委ね、国会の場から切り離したいところです。
稲田氏の防衛相として仕事ぶりも危うい限りです。
防衛相として閣僚の座にとどまっていたら、日本周辺で発生するかもしれない危機への対応に万全を期すことはできるのでしょうか。
防衛相を辞めてもらおうかと、首相周辺は考えるのではないですか。
いかにも自信なさげの表情にこちらも心配になります。一石二鳥のチャンスです。

筋が悪すぎる稲田氏

 とにかく稲田氏をめぐる動きは筋がよくないですね。
テレビのバラエティ番組向きの話が多すぎます。
森友学園の園児が復唱する教育勅語は、戦前の国家モデルの一面を構成しています。
稲田氏は「親孝行などの核の部分は取り戻すべきだと考えている」を発言しました。
そこまでいうなら、教育勅語を読み直してみたらいいですね。

 確かに「親に孝養を尽くす」、「兄弟姉妹は仲睦まじく」、「知識を養い、人格をみがく」など、今の時代にも求められる徳が列挙されています。
その一つである「自分の言動を慎む」は、稲田氏にこそ求められる徳でしょう。
「森友学園の事件を受任したことも、法律相談を受けたこともない」と言い切った直後、
夫が顧問弁護士の契約を結んでいた関係で、「裁判所に出廷していた記録がある」と指摘されました。

 さらに「国会での発言は、自分の記憶に基づくもので、虚偽の発言ではない」との釈明が野党を怒らせました。
弁護士の資格を持つ国会議員なら、過去の記録を精査して国会答弁に立つべきです。
森友問題だけなら、野党の追及をかわすことはできるし、かわすべきでしょう。
野党が得点できるのは、こんな問題しかないのですから、足を引っ張られない対応が必要なのです。
重要なのは、日本の防衛問題です。

重要閣僚として経験不足

 稲田氏の対応ぶりは、危なっかしい綱渡りが続きます。
南スーダン国連平和維持活動(PKO)について、「政府軍と反政勢力の争いを戦闘行為と認めると、憲法9条に抵触しかねないので、武力衝突という言葉を使っている」と、答弁したことがあり、野党が騒ぎました。
戦闘行為を武力衝突と言い換え、その目的は憲法に波及させないため、とは。
正直というか、閣僚としての経験不足、力量不足が騒ぎを大きくしているのです。
結局、自衛隊は現地から撤退することになりました。いやはや・・。

 当選4回、党政調会長の経験しかない人物を防衛相に据えたのは、首相の任命責任でしょう。
女性議員が防衛相になれば、新しい安保法制に進んだ政権のタカ派色を薄められるとの判断によると思います。
さらに「将来の首相候補」などというレッテルも周囲が貼り、期待を持たせました。
首相は「ちょっと無理だったかなあ」と、後悔しているはずです。

 金正男殺害事件を起こし、ミサイル発射事件を繰り返している残虐、狂暴な独裁国家が何をしでかすか分かりません。
軍事的な膨張政策を続ける中国だって、尖閣諸島で紛争を起こす可能性があります。
トランプ米政権は「尖閣諸島は日米安保条約の対象地域に含まれる」と約束しています。
実際に日中衝突が起きた場合、「まず波打ち際で日本が全力で対処してくれ」という態度をとり、米軍は後方支援を受け持つことなるのでしょう。

 要するに、防衛相以下、日本は臨戦態勢を常時、とっていなければならないのです。
そんな時に、防衛相が森友学園の弁護問題でつまづいているようでは、情けない。政治家としての力量不足を懸念します。
笑っているのはどこの国でしょうか。

編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年3月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログ(http://blog.goo.ne.jp/jinn-news)をご覧ください。

中村 仁

2017年3月14日火曜日

なぜ太平洋戦争中の日本はバカだったのか

(ブログ目次はここをクリック) 
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2015072402000076.html
日本陸軍のフィリッピンの戦没者は、敗戦直後に77%が飢え衰弱で病死した
(1945年初めに14%前後だった病死率は徐々に増加し、敗戦直後の九月には77%に上った。)


日中戦争や太平洋戦争の戦没者230万人:6割「餓死」の学説も=無謀な作戦が惨劇招く
2014年08月15日

 歴史学者の故・藤原彰氏(一橋大名誉教授)は旧厚生省援護局作成の地域別戦没者(1964年発表)を基礎データに独自の分析を試みた。
著書の「餓死した英霊たち」(青木書店)で、全戦没者の60%強、140万人前後が戦病死者だったと試算。
さらに「そのほとんどが餓死者ということになる」と結論づけた。

 個別の戦闘ではある程度のデータが残っている。
「戦史叢書」(防衛庁防衛研修所戦史室編さん)によると、
「ガダルカナル島の戦い」(1942年8月?43年2月)では、
日本陸軍3万1000人のうち約2万人が戦没。
その約75%、約1万5000人が栄養失調症、マラリア、下痢、かっけなどによる死者だったという。

太平洋戦争戦跡地
戦没者の60%強140万人は餓死であった
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mhvpip/PacificWar.html
230万人はどのように戦死したのか?

◆「英霊」たちの区分けⅡ――百数十万の日本兵の大量餓死は、なぜ引き起こされたか
(ニューギニアでは、数次にわたって14万8000人の大兵力が送りこまれ、その90%を超す13万5000人が亡くなりました。自決した方面軍司令官の安達中将が「その大部は栄養失調に起因する戦病死」と記したように、原因は餓死でした。)

インパール帰還兵の証言二
(半死の状態の者は自殺用に「手榴弾をください」と訴えた。だめだというと「私を殺してください」と哀願してきた。長い軍隊生活の中でも、これほどの惨状は初めてだった。)
(インパール作戦は「糧は敵から奪うので何とかなる」という作戦だった)
(この指揮官は、安倍内閣のように部下の慎重論に一切耳を貸さなかった。あげくは、作戦に参加した3人の師団長を全員解任、更迭した。)


 次に、兵隊たちの過半数が餓死した戦争に至る歴史を見ます。

-日本の、 「科学を論じないしきたり」 の歴史的背景-
戦時体制下における教育思潮
から引用。


1917年(大正6年)から1918年(大正7年):
 第一次大戦(~1918年)の好況に社会の一部は潤いながらも、

米をはじ めとした物価は高騰を続けた。
米騒動(1918年)小作争議(1922年~)労働争議(1921年3万人の争議)(1922年~)

など、
社会全体が大きな動揺をしていた。
 また、河上肇の個人雑誌『社会問題研究』や山川 均等の『社会主義研究』等により社会主義運動が活発化した。


(当ブログのコメント)江戸時代では、百姓一揆を弾圧し首謀者を見せしめに処刑していたが、大正時代の政府は小作争議に対しては、問題を根本的に改善する農地改革の知恵を出した。
 しかし、労働争議に対処する知恵は出さなかったように思います。

1919年から27年まで、
 日本の工業生産の増加率は欧米諸国を越えていたのであるが,
このような工業発展は,中国市場を中心とする国際的進出と,国内における労働条件の低水準維持策とによって,一応支えられていたのであった。


1919年には、コミンテルンが成立し、共産主に基づく世界革命の可能性が現実味を帯びていきました。
 このような状況に対して、原内閣は社会主義団体の監視強化、労働運動に対する融和、そして思想善導といった対策を実施しますが成果は乏しいものでした。

1921年には、その手詰まり感を背景として、過激社会運動取締法案が検討されるに至った。
 この法案は、共産主義者による国内での思想宣伝行為に対処することを目的として成立が企図されたが、法案があいまいであったので廃案となった。
 しかしこのような失敗は、まさに治安維持法成立のために必要な条件と表裏一体であり、法案からあいまいな文言及び宣伝罪を排し、内務省と司法省が協力し、両院を説得し、1925年に治安維持法を成立させるに至った。

1922年に、非合法(治安警察法違反)の党として日本共産党創立された。

1923年9月1日、関東大震災: 震災直後に緊急勅令で治安維持令が公布された。

1923年に、日本共産党の大検挙。

1924年、全国高校で、社旗禁圧・暴圧反対運動。
1925年、一高・三高の研究会解散命令に対する学連の抗議運動。


1925(大正14)年、政府は大正中期以降の反体制運動の高揚に対して,普通選挙法と治安維持法を制定した。
治安維持法制定当時、政府は「慎重に運用」「一般国民とは関係ない」と説明した。


《2015年現在の状況は、1925年当時の状況と類似している。2015年施行の「秘密保護法」「集団的自衛権関連の法律」が1925年の「治安維持法」に対応すると思われる。》

1925年末から1926年初め、京大生を中心とする治安維持法・出版法違反事件がおきた。

1927年:日本での「金融恐慌」

1928年6月には,治安椎持法が改正された。
---------補足-----------
・1928年の治安維持法の改正の趣旨
 この時の改正は2つの目的を持っていました。
①一つは 結社罪の最高刑を 死刑 としたこと *2
②もう一つは目的遂行罪(結社に加入していなくても、国体変革等を目指す結社の目的に寄与する行動を罰するもの)の設定でした。
 特に後者について、改正後に拡大適用されて猛威を振るうことになります。

 この改正(改悪)は、 政権や公安警察にとって不都合なあらゆる現象・行動を治安維持法違反にしたという意味を持つ
---------補足おわり------

第1の思想弾圧事件(3.15事件)

 1928年3月15日:第一回普選(1928年2月)での無産政党(共産党)の進出に脅威を持った政府は,選挙直後の3月15日,全国いっせいに日本共産党・労農党・労働組合評議会・無産青年同盟の関係者を多数検挙し,さらに労農党以下3団体の解散を命じた。(3.15事件)
(逮捕者の中に学生150名が含まれていた)


治安維持法違反被疑者の弁護人も逮捕される
 3・15事件の弁護人のリーダー格となった布施辰治は、大阪地方裁判所での弁護活動が「弁護士の体面を汚したもの」とされ、弁護士資格を剥奪された。
 さらに、1933年(昭和8年)9月13日、布施や上村進などの三・一五事件、四・一六事件の弁護士が逮捕され、前後して他の弁護士も逮捕された。
《日本労農弁護士団事件》1933年9月~11月,日本労農弁護士団に属する左派系弁護士30人が検挙された。
 その結果、治安維持法被疑者への弁護は思想的に無縁とされた弁護人しか認められなくなり、1941年の法改正では、司法大臣の指定した官選弁護人しか認められなくなった。

1928年7月には,内務省に保安課が新設され,思想取締まりにあたる特別高等警察を全国に設置し,憲兵隊に思想係を設置するなど,その権力は思想にまで介入することになり,反体制運動への弾圧が強化されたのであった。

1928(昭和3)年12月1日,政府は教学振興・国体観念養成を声明して, 「 思想善導(青少年健全育成) 」 への方向で,翌29年8月に,文部省は 教化総動員 の運動を企画し,これを全国的規模で推進した。

(当ブログのコメント: 思想善導 は、現代の日本の 青少年健全育成 に対応する概念です。)


 (中略)

★1928年に、文部省内に学生課(後の1934年の「思想局」の前身)を設置し、組織的に学生の思想を取り締まった。

1929年3月:国会議員の山本宣治(死後に共産党員に加えられる)が、国会で思想善導(「青少年健全育成」に対応する)について質問した後の3月5日に暗殺された。

(当ブログのコメント:思想善導は、現代の日本の青少年健全育成に対応する概念です。

 また、戦後の日本政府は、(弾圧した国民の復讐を恐れ)、日本占領軍に逆らってでも治安維持法を守ろうとした
(1945年10月4日、GHQから治安維持法の廃止を要求された東久邇内閣は、それを拒絶し総辞職した)
 しかし、戦後にアメリカから与えられた民主主義体制によって日本の治安が良好に保たれたので、
戦前の治安維持法も、共産主義者の暗殺行為も、思想善導も必要無かった。)

第2の思想弾圧事件(4.16事件)

1929 S(4)4.16事件
・3.15の思想弾圧後に再度、全国規模で全国一斉検挙 700名検挙
 報道禁止されていた
・知識階級の子弟が多く支配者層はショック
・共産党にとっては壊滅的な打撃 活動は以後地下にもぐる
・日本軍の山東出兵反対運動主流派逮捕される
・1929.11.5 新聞報道を解除し「共産党事件」と発表
・幹部党員には無期懲役などの重い刑

1929年に、文部省内の学生課を学生部に昇格させ(後の1934年の「思想局」の前身)、学生の思想の取り締まりを強化した。

第3の思想弾圧事件(司法官赤化事件)

1932年:司法官赤化事件:
 1932年11月12日、東京地方裁判所の判事・尾崎陞が日本共産党員であるとして、治安維持法違反により同地裁の書記4人とともに逮捕された
翌1933年2月から3月にかけては
長崎地方裁判所の判事と雇員各1人
札幌地方裁判所の判事1人
山形地方裁判所鶴岡支部の判事と書記各1人
も相次いで逮捕された
 逮捕された9人の容疑内容はいずれも
研究会を開いた
カンパに応じた
連絡を取り合った

などの行為だったが、
日本共産党の目的遂行のためにおこなった行為とみなされ、全員が有罪判決を受けた。


(これらの行為は、 政権や公安警察にとって不都合なあらゆる現象・行動を罰する治安維持法の 逮捕要件を満足する

これらは、共謀罪の逮捕要件 を、満足する。


第4の思想弾圧事件((長野県と)全国教員赤化事件)

1933年 2月4日:
 長野県で教員が思想問題で多数(66校、230名)検挙される(長野県教員赤化事件)。
 この事件を契機に、全国各地で同様の弾圧が行なわれ、1933年12月までに岩手県、福島県、香川県、群馬県、茨城県、福岡県、青森県、兵庫県、熊本県、沖縄県で多数の教員が検挙された。

第5の思想弾圧事件(滝川事件)
1933年:滝川事件
 1933年3月になり共産党員およびその同調者とされた 裁判官・裁判所職員が検挙される 「司法官赤化事件」 が起こった。
 この事件をきっかけに、5月26日、文部省は文官分限令により
京都帝国大学法学部の滝川幸辰教授の休職処分を強行した。
滝川の休職処分と同時に、京大法学部は教授31名から副手に至る全教官が辞表を提出して抗議の意思を示した。


1934年に、
(1)文部省の学生部(1928年に設置した学生課)を 「思想局」 へ昇格させた。
(2) 国民精神文化研究所が、文部省の直轄する研究所として発足した。
 これらが教学思想を確立するための活動を開始させることとなった。


1936年に設置された「日本諸学振興委員会」が,学問領域の全般にわたって「日本学」の方向を打ち出した。

あらたな取締対象を開拓
 1937年6月の思想実務者会同で、東京地裁検事局の栗谷四郎が、検挙すべき対象がほとんど払底するという状況になっている状況を指摘し、特高警察と思想検察の存在意義が希薄化させるおそれが生じている事に危機感を表明した。
(1935年から1936年にかけて、予算減・人員減があった)
 そのため、あらたな取締対象の開拓がめざされていった。 

治安維持法適用対象を拡大し、宗教団体、学術研究会(唯物論研究会)、芸術団体なども摘発されていきます。

1937年3月には思想局(1928年の学生課)から『国体の本義』7)が発行されて、教学刷新の基準が明確にされた。

1937(昭和12)年7月には,すでに,教学刷新の中心機関である 思想局 (1928年の学生課)が、文部省外局 「教学局」 に昇格され,学問研究に対する統制の中枢をなした。

(当ブログのコメント: この 教学局は、 1937年に開始された、「国民精神総動員」運動の名のもとに先の教化総動員を再編成した大規模な 日本精神発揚の教化運動 を推進する中心であり、教化運動を計画する本部です。安倍内閣を支配している「日本会議」は、この、「 大規模な 日本精神発揚の教化運動 」を理想としていると推察します。)

1937(昭和12)年 の第一次近衛内閣時代には, 日中戦争の開始 (同年7月7日)という国際的危機にあって, 「国民精神総動員」運動の名のもとに,先の教化総動員を再編成して,大規模な 日本精神発揚の教化運動 が展開されることになる。戦争開始直後の8月24日に, 閣議で 『国民精神総動員実施要綱』6)が決定され,内務・文部両省を中心に運動が推進された。

(当ブログのコメント:安倍内閣が、 閣議で 『集団的自衛権』を決定したことが、この戦前のやり方に似ている)

この運動には, 全国神職会 ・全国市長会・ 帝国在郷軍人会 の他,労働組合組織など多数の団体が参加し,

(当ブログのコメント:「日本会議」はこの運動と同じく、神職会と軍人会から構成されていますね)

近衛内閣は,その運動目標として,挙匡一致・尽忠報国・堅忍持久を掲げ,国体観念の宣伝,注入に努めた。

 さらに,部落・町会・隣組など隣保組織まで行政組織の末端に組入れて,上意下達の道筋を確立しようとした。
 1938(昭和13)年には,地方道府県の 国民精神総動員実行委員会 が活動し,地方官僚を中核に殆ど全団体の代表者を網羅した委員会の主導によって,

懇談会・講演会・映画会の開催,
ポスター・パンフレット・ビラの配布,
新聞・公報・ラジオ放送などによる宣伝,
また,祈願祭の執行,
奉公歌歌詞募集・寄金募集など,
その他,強調週間の実施などの諸行事が推進されたのであった。
 1939(昭和14)年4月,平沼内閣時代に,

国民精神総動員委員会第二回総会は,
「国民精神総動員新展開の基本方針」 を決定した。

平沼内閣のもとに,荒木貞夫大将を文相に置いたが, その主導で,
総理大臣直轄の委員会と地方府県の主務課の設置によって, 右翼団体を始めとし,その他の教化団体と行政系統とを駆使して, 皇道主義・一君万民思想の普及に徹することになった。
 1940(昭和15)年の第二次近衛内閣に至り,先の総動員本部は解散されて,生活組織を基礎に全国民を対象とする 大政翼賛会 の組織による運動が実施されることになった。

・・・
 1937(昭和12)年7月には,すでに,教学刷新の中心機関である 教学局(1928年の学生課) が文部省外局として設置され, 学問研究に対する統制 の中枢をなした。

・・・
算数の役割を「数理思想の滴養」(「国民学校令施行規則」)に置き,本来,科学的精神の精髄である 批判的精神を除却(除去)し た合理的精神の涵養(水が自然に土に浸透するように、出しゃばらずに ゆっくりと 国家方針に合った思想を養い育てること)が求められたのであった。
・・・
戦前の国民的な心理,意識,生活を支配し,規制していたものは, 国体論と精神主義を柱とする天皇制イデオロギーであり,
それはあらゆる非科学性の根源であった。
また同時に,それは国家存立の根幹であるとみなされていたからである。
 科学は明治以降の外来,輸入のものであり.日本の伝統や国粋とはなじまぬもので,日本の欧米化を促進するもとになるという危惧の念があったと思われる。
 したがって,科学は少数の研究者に委ね,国民多数にとって必要で 大切なのは,科学的知識よりも忠孝の道である ,という認識であった。

<・・・
 ところで,1938年に, 一部軍需産業は好況を招き ,労働力不足は一定の賃金上昇をもたらした。 
・・・
 やがて戦争の影響が国民の日常生活の次元にまであらゆる角度から押し寄せてきた時に,多面的な生活科学への要求がおこってくる。 
・・・
しかし, 「科学」の名称が一定の効用をもつのもこの一時期を限りのものであった 。 
・・・
 しかし戦争の激化は,生活理念において 「科学」に代って再び「精神」が重視される ことになる。
太平洋戦争下において,それは「決戦生活」という言葉で表現された。 

・・・

1940年1月 「生活図画事件」
(生活綴方教育が「子どもに資本主義社会の矛盾を自覚させ、共産主義につながる」として、教員らが一斉検挙される事件が起きる。逮捕されたのは、五十六人ともいわれる。)


 大熊信行が,1943年7月から11月まで「婦人公論」に連載していた『新家政学』は,軍の干渉により執筆禁止となった。
その理由は,内容に天皇中心思想を欠くというものであった。
これは明らかに, 科学に代る精神主義が再び重視されてきた ことを意味している。 

・・・
  このように,戦時下の生活科学構想はそれ自体戦争協力の学でありながら,しかも権力と精神主義の攻撃の前に崩れていったのである。
 (もっと読む)

(注意)安倍政権を支配する「日本会議」が目指す戦前の国民的な心理,意識,生活を支配し,規制していたものは,国体論と精神主義を柱とする天皇制イデオロギーであり,それは あらゆる非科学性の根源であった。

1945年に、
22歳の司馬遼太郎が栃木県佐野市で陸軍少尉として終戦を迎えた。
その時に、大本営からきた東北人の少佐参謀が、
アメリカ軍(連合国軍)が東京に攻撃に来た場合に、栃木から東京に移動して攻撃を行うという作戦を命令した。
その命令の遂行方法に関して、ある若い将校が、
「市民と兵士が混乱します。そういった場合どうすればいいのでしょうか。」
と参謀に聞いたところ、
参謀は

「轢き殺してゆく」
と言った。
司馬遼太郎は、その参謀の返事を聞いて、
「なぜこんな馬鹿な戦争をする国に産まれたのだろう?
いつから日本人はこんな馬鹿になったのだろう?」
との疑問を持った。
司馬遼太郎は、その疑問に対する答えとして、
「昔の日本人はもっとましだったにちがいない」として、
「過去の22歳の自分へ手紙を書き送るようにして小説を書いた。」
と述懐している。



第41回 インパール作戦

 これからお話するインパールは、竹山道雄さんの小説「ピルマの竪琴」の舞台にもなっ た戦場です。
お読みになった方も多いと思いますし、映画にもなりましたが、インパールはガダルカナルと共に太平洋戦争で最も悲惨な戦いが行われた所です。
「酸鼻を極める」という言葉がありますが、インパールがまさにそうでした。
1944年三月から始まったインパール作戦には、第十五軍司令官牟田口廉也中将が指揮する三個師団を中心に、約十万の将兵が参加しましたが、進撃と攻防四ヵ月、作戦が失敗に終わり、その敗走は一千キロ、五ヵ月にも及びました。
三万五百二人が戦死し、戦傷病者四万一千九百七十八人。
損耗率実に72%という莫大な犠牲者を出したのです。

 中でも悲惨だったのは、犠牲者の多くが戦闘で死んだのではなく、食べるものがないための栄養失調、赤痢やマラリアで体力を消耗し、猛烈な豪雨の中での敗走中に倒れたことでした。
撤退して行く道は日本兵の死体だらけ、蛆虫が小山のようにたかっています。
蛆というのはあんなにちっちゃくても、これだけ集まると、人間の死体なんてもう一日で完全に食い尽くしちゃうんだそうです。
下がれば下がるほど、道の両側は日本兵の白骨で埋まり、兵隊たちは退却路を「白骨街道」、また靖国神社へ行く道だというので、「靖国街道」とも呼ぶようになったのです。

司令官の牟田口は作戦に反対した参謀長を更迭し、部下の反論、慎重論にも一切耳を貸しませんでした。
あげくは作戦に参加した三人の師団長を全員解任、更迭するといった、日本の陸軍史上にも例を見ない異常な事態を招いています。
問題点は、早くから数多く指摘されていたのに、大本営も「現地指揮官が出来ると言うから、やってみる」。
こんな程度の、心許ない作戦発起だったのです。

インパールだけではなく、ガダルカナルでもそうでしたが、
「行け行け、どんどん」の積極論だけを良しとし、慎重論を腰が引けていると見倣しがちな日本陸軍の体質にも、「インパール悲劇」の種があったように思います。


二月八日にチンドウィン河を渡って来たイギリス軍のウィングート少将率いる挺身部隊に、当時牟田口が師団長の第十八師団は翻弄されたのです。
イギリス軍の兵力は三、四千人と少ないものでしたが、昼間は密林に潜伏して無線進路により空中補給を受け、夜になると攻撃を仕掛けて来ます。


第十八師団は東奔西走一ヵ月、何とか撃退は出来たものの、牟田口は「ここからは攻めて来ない」と思っていたアラカン山系の峻険が、意外に安全ではないことを思い知らされたのです。


牟田口は、イギリス部隊の行動が十分な空中補給があって初めて可能なんだという、この一番重要な点を見落としていたのです。


第十五軍参謀長になった小畑信良少将は、「補給の権威」と言われた人で、
「補給上、到底無理だ」。
こう反対意見を述べると、たちまち更迭されてしまいました。
・・・
・・・
 実は、インパール作戦がまさに始まろうとしている時、その三日前の三月五日夜、重大な警報が出ていたのです。ウィングート少将率いる空挺部隊がビルマ北部、第十五軍の背後に降下して来たのです。
ビルマ防空を担当する罫五飛行師団長の田副登中将は、すぐ牟田口の所に駆け付け、
「インパール作戦を中止し、この敢に当たるべきだ」。
こう進言したのですが、牟田口は聞きません。
「単なる後方撹乱だろう」
と言うのです。
田副は空からの偵察で、集城資材を空輸していることを掴んでいました。しかも第五飛行師団は、一月に爆撃機五十四機が南方戦線に転用され、実働可能機数は百機ほどに減っています。
「敵は飛行場を建設するでしょう。そうなればビルマは内側から混乱し、インパール部隊への補給も中絶することになります」。
第十五軍の援嘆が出来なくなると訴えたのですが、牟田口の作戦計画には最初から航空支援は入っていません。
飛行師団に求めたのはチンドウィン河渡河の際の戦闘機による援護だけで、飛行機の力というものを全く軽視していました。
「敵は自ら求めて袋の鼠になった。虎の子の空挺を降ろしてきたことは、これ以上の幸いはない。空挺作戦に注意を奪われている虚に乗じて、インパール攻略を断行する」
と言うのです。
田副はラングーンにも飛んで、河辺方面軍司令官にも作戦中止を求めたのですが、河辺は
「インパール作戦は始まったばかりだ。たとえ方面軍がやめると言っても、もはや大本営はお許しにならないだろう」
と、受け付けません。

 ところが、この空挺部隊はそんな生易しいものではなかったのです。イギリス軍はまず百機のグライダーに二個旅団、九千人を乗せ、グライダーは使い捨てにして、兵器、弾薬と共に大量の築城資材を空輸していました。
強固なコンクリート陣地を作り上げると、飛行場建設にかかり、さらに二個旅団を送り込んで来たのです。
イギリス第四軍司令官のスリム中将は、空からの偵察で日沸軍のインパール作戦の動きを的確に掴んでいました。
手薄になった第十五軍の背後に空挺部隊を送り、ビルマ北部、中部一帯から日水軍の一掃を狙った作戦だったのです。
・・・・
インパール作戦の部隊は、「上空を飛び回っているのはイギリス機だけ」と嘆くことになり、空からの攻撃で大きな打撃を受けることになるのです。
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 しかも、一見順調に見えた日本軍の進撃は、イギリス軍にとっては予定の行動だったのです。
スリム中将は、第十五軍の後方に空挺部隊を送ると共に、十五軍正面の部隊には後退作戦をとらせました。
日本軍に険しい山越えをさせて疲れさせ、インパール盆地に誘い込んで、補給路が延び切ったところで叩こうというのです。
形の上では日本軍が包囲していても、イギリス軍の抵抗は円筒陣地を構築して頑強でした。
砲兵を真ん中に置いて、その周りを円を描くように戦車、重火器で固め、こうした防御陣地が蜂の巣のように配置されています。
陣地同士は無線で連絡を取り合い、上空には飛行機がひっきりなしに飛んできて、攻撃、補給に当たります。
まあ、どっちが包囲しているのか、分からないようなものでしたが、戦線が膠着してくれば、補給無視がまず糧食欠乏となって、じわじわやって来ました。

 コヒマでは、一面のテニスコートを挾んで、わずか40~50mの間に日英両軍が対峙していたんだそうです。
話し声も聞こえるし、朝には朝食の匂いがプーンとして、すきっ腹にこたえました。
わずかにありついたのが、空からの『敵さん給与』です。
イギリス軍輸送機が色とりどりのパラシュートで補給物資を投下したのですが、お互いの第一線が余りにも近過ぎたため、かなりの量が日本軍の方に落下しました。
茶色の麻袋を開けると一斗缶が四個。
その一つずつにバン、ミルク、煙草に缶詰、チョコレートからブランデーまでぎっしり詰まっています。
それに引き替えわが兵糧といえば、焼き米に岩塩。
それさえなくなって、兵隊たちは牟田口が「食欠乏せぱ、敵を蹴散らしてこれを取れ」。
こう言っていたのを知っていましたから、「冗談じゃねえ。てめえがここまでやって来て、蹴散らしてみろってんだ。
無駄口ばかり叩きやがって…」と、怒ったそうです。 
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 東条の「インパール作戦継続」の命令は、「インパールの悲劇」を最小限に食い止める最初のチャンスをつぶしただけではなく、かえって第十五軍を督励し、苛酷な戦闘を強いる結果になっていきます。 
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 インパールの戦いで、「作戦決定」以上に無責任だったのが、「作戦中止」の決断だったと言ってもいいでしょう。
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 作戦中止の決定までに、何と時間のかかったことか。
しかし作戦は中止されても、悲惨な撤退はまだまだ続いていたのです。
マラリアに赤痢、そして飢えに喘ぐ兵隊たちは、猛烈な豪雨の中、三々五々と長蛇の列を作り、泥濘(でいねい:ぬかるみ)の道をよろめきながら、ひたすら歩きました。
イギリス軍の爆撃、戦車に追われ、山道にハシゴをかけ、木の根を伝って逃げましたが、小銃は捨てても飯倉だけは放さなかったそうです。
道端には、行き倒れの兵隊が増えていきました。
虚ろな目を間いたまま、願中に群がる蝿を追い払う気力もなく、忍び寄る死を待つだけ。
ボロボロの軍服の兵隊が夢遊病者のように寄ってきて、
「兵隊さん、お願いです。米を…」
とすがります。
兵隊が兵隊を見て
「兵隊さん」
と言う。
まさに「兵隊乞食」でした。

 朝日新聞記者として従軍した丸山静雄は、爆音が聞こえて、橋桁の下に駆け込むと、兵隊が一人寝ています。敵機が去ってホッとしてその兵隊を見ると、白骨の兵隊でした。
頭蓋骨が戦闘帽をかぷり、白骨の手が手袋をはめ、白骨の足が靴を履いていると言うのです。
丸山は「インパール作戦従軍記」に、書いています。

 「死体はポツンと、ただ一体だけ横たわっているようなことはなく、一体の死体のあるところには数十の死体が続いていた。
人間は孤独であるとか、孤独を愛するなどというが、やはり一人ぽっちでは死ねないのであろう。
よく見ると、死体の横たわっている側はやや高く、山径に面して勾配があり、あたりにはあまり木がなく、比較的明るくひらけていた。
濃密なジャングル内の薄暗く、ジメジメした地域や湿地帯にはあまり死体はなかった。
やはり、こざっぱりした少しでも美しいところで最後は息を引きとりたかったのであろう」。
悲しい話です。
・・・・
・・・・
 インパールの日水軍将兵は、圧倒的な戦力の違いの中で実によく戦いました。
悲惨な敗戦の責任は、全て牡損な作戦計画を強行した牟田口にありましたが、
当の本人は最後まで自己弁護に終始したのです。
昭和四十年代、新聞社やテレピ局、雑誌社を訪ねては、『わが作戦に誤りなし』と吹聴して回る牟田口の姿が見られました。
そして丸山記者の「インパール作戦従軍記」を読むと、「牟田口の下に、この将軍あり」といった感じの、ひどい将軍の話が出てきます。 


『敗北を抱きしめて』(岩波書店)歴史家ジョン・ダワー著

1945年4月から6月まで続いた沖縄戦では、1万人以上のアメリカ人が死んだ。11万人以上の日本軍が壊滅した。沖縄住民の約3分の1、おそらく15万人におよぶ男女と子供が殺された。

 日本の降伏により、日本軍の実態が明らかになった。日本軍の集団としてのまとまりや規律は、軍部がくりかえし宣伝した「忠」とか「和」とかいった理念の上にではなく、実は上からの抑圧を強制していく権威主義的な仕組みの上に築かれていた。上官は、尊敬よりも恐怖によって命令を徹底させていた。そのため、敗戦になると、それまで抑圧されていた深い復讐願望が一挙に解放されることになった。
 極端な場合には、そうした敵意から、元上官を殺害した者もいた。
 降伏後、こうした感情は、はじめて公然と表現された。ある復員軍人は、自軍の指揮官たちの暴虐によって殺された戦友たちの霊を、どう慰めたらいいのかと問いかけていた。昔の言葉に、敵を「冥土の土産にする」というのがある。これは自分が死ぬときは敵を道連れにするという意味であったが、自分の戦友たちは、いざ玉砕のおりには敵ではなくて上官の1人を冥土の土産に連れていくつもりであったと述べている。
 日本の降伏の前には考えられなかったこうした実態暴露は、「1億1心」なる戦争中の宣伝が、たわ言にすぎなかったことを白日の下にさらした。

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 この日本軍の体質は、太平洋戦争中は日本の支配下にあった韓国の軍隊にも遺伝しているのではないか、と推察します。
(1)韓国軍での乱射事件捜査結果を発表(韓国軍内のいじめが原因)(2014年7月15日)
(2)2014年7月31日、韓国海軍の「要注意(関心)兵士」が、所属していた軍艦内で首をつって自殺していたことが分かった (2014年8月1日)
(このところ韓国では、6月にGOP(一般前哨)銃乱射、7月27日には陸軍兵士2人が自殺と、同様の事件が相次いでいる。)
(3)韓国軍の兵士集団暴行死で引責:韓国陸軍参謀総長が辞意(2014年8月5日)
(4)韓国で軍人による犯罪は昨年7530件 過去5年で最多(2014年8月7日)
(5)韓国軍兵士の4割がうつ病、日常的ないじめなどが原因(2014年8月18日)

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1945年
 占領軍の指揮官のマッカーサーは、日本の徹底改革&天皇制維持の姿勢を決めていた。ワシントン政府は、日本の改革・天皇制いずれにもフラフラしてた。結局はマッカーサーが独断専行で決めていく。

 そのマッカーサーを、日本国民は熱烈歓迎する。
ここで労働基準法を作り組合活動を合法化し、戦前・戦中に拘束されていた社会主義者・共産主義者が釈放される

1945年10月4日、
 マッカーサーから治安維持法(共謀罪)の廃止を要求された日本の東久邇内閣は、それを拒絶し総辞職した。
 すなわち、日本の支配層は、敗戦後に、弾圧した国民の復讐を恐れ、日本占領軍に逆らってでも治安維持法を守ろうとした

 しかし、戦後にアメリカから与えられた民主主義体制によって日本の治安が良好に保たれたので、
戦前の治安維持法(共謀罪)も、共産主義者の暗殺行為も、思想善導も必要無かった。


「児童を保護するため」と言った児童ポルノ規制法は、実際は、
「児童ポルノ単純所持罪は児童を逮捕するための法律かも」
でした。
(このグラフの元データは、警察庁の生活安全の確保に関する統計のうち、「平成25年中の少年非行情勢について」の報告による)

同様に、「国民をテロから保護するため」と言うテロ準備罪は、
「国民を逮捕するための法律」のようです。

もう一度言う、福島原発事故の主犯は安倍晋三だ! 第一次政権時に地震対策拒否、事故後もメディア恫喝で隠蔽…
2016.03.11
『京都大学工学部原子核工学科出身の吉井議員(共産党)は、2006年3月に、津波で冷却水を取水できなくなる可能性を国会で質問。第一次安倍政権が誕生 して3カ月後の2006年12月13日には「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」を政府宛に 提出。「巨大な地震の発生によって、原発の機器を作動させる電源が喪失する場合の問題も大きい」として、電源喪失によって原子炉が冷却できなくなる危険性 があることを指摘した。

 同年12月22日、「内閣総理大臣 安倍晋三」名での答弁書では、吉井議員の以下の質問に以下の返答をした。
(吉井):「原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると、原発の負荷電力ゼロになって原子炉停止(スクラムがかかる)だけでなく、停止した原発の機器冷却系を作動させるための外部電源が得られなくなるのではないか。」
(安倍):「外部電源から電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電力により、停止した原子炉の冷却が可能である。」』 


 【 特定秘密保護法、自由主義社会からの脱落への途を歩み出した日本 】
AP通信 / ワシントンポスト 11月26日
(自由・平等を保障する民主主義に、キバをむき始めた安倍政権
「日本の報道の自由に対する深刻な脅威」国外の有識者からも深刻な懸念
国民の監視の目が届かないところで、国民の目に触れることなく、自分たちが望む形にこの国を変えてしまうための環境づくり)

また自民党は、テロ準備罪(治安維持法)の成立に向けて、以下の憲法改悪案で運用したいと考えているようです。
(憲法36条)公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
自民党案では:「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、これを禁ずる。」に変えます。
テロ準備罪(治安維持法)の運用等で止むお得ないと総理大臣(安倍)が判断した場合は、拷問を許可するようです。 


2017年3月10日金曜日

共謀罪で日本の同人マンガが壊滅する

共謀罪は、
非実在児童ポルノを雑誌などに掲載する者と、
その雑誌などを見る者を
児童ポルノ共謀罪で逮捕する。
それは、以下の法律によって定められる。


組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律

(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部改正)
第一条 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(平成十一年法律第百三十六号)の一部を次のように改正する。

(中略)
第六条の次に次の一条を加える。
(実行準備行為を伴う組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、組織的犯罪集団
(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)
 の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、
 その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、
 関係場所の下見
 その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、
 当該各号に定める刑に処する。
 ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。


(中略)


別表第三(第六条の二関係)
(中略)

八十 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成十一年法律第五十二号)第五条第一項(児童買春周旋)、
 第六条第一項(児童買春勧誘)又は第七条第六項から第八項まで(児童ポルノ等の不特定又は多数の者に対する提供等)の罪

(以下、省略)



(本情報掲載元記者のコメント) 


※ 法案テキストは以上です。

今後について

既に報道されている通り、上記政府案については、テロ対策という名目であるにもかかわらず、法案内に「テロ」「テロリズム」という文言がないことが指摘されています。これについては与党内からも問題視する声があがり、テロに関する記述の追加が検討されているようなので、今後上記法案にこの点の変更が生じる可能性があります。

今後、逐一の変更に応じて上記内容の更新をしていけるかどうかは断言できませんが、他記事等を通じて公開できればとは考えています。

また、内容についても、以前共謀罪法案の問題点を指摘した記事の時点と根本的に問題は変わらない状態ですが、政府側の説明を踏まえ検討した内容を別途記事を書ければと思っています。が、いつになるかは不明です…。

以前書いた共謀罪(テロ等準備罪)法案の問題点についての記事は下記のものです


当記事には上記最新版の法案内容は反映していませんのでご了承ください(もっとも基本的な問題点はほとんど変わりません)。


2005年(平成17年)政府提出案

 

2005年(平成17年)第三次小泉内閣の時代に3度目の法案提出となった「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」において、共謀罪については以下のように規定されています。

(組織的な犯罪の共謀)
第六条の二
次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
 一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
 二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。
この条文によれば、共謀罪として処罰されるのは、



  1. 4年以上の懲役・禁錮の犯罪が
  2. その犯罪行為を実行するための組織により行われる場合に
  3. その犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意をすること


となります。しかし、2005年から2006年の国会継続審議の中で与党が修正案として提出した法案の最終形では下記のようになっています。

第六条の二
 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、組織的な犯罪集団の活動(組織的な犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期五年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪又は別表第一(第一号を除く。)に掲げる罪を実行することにある団体をいう。)の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該組織的な犯罪集団に帰属するものをいう。)として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、その共謀をした者のいずれかによりその共謀に係る犯罪の実行に必要な準備その他の行為が行われた場合において、当該各号に定める刑に処する。ただし、死刑又は無期若しくは長期五年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪に係るものについては、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減刑し、又は免除する。
 一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
 二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も 、前項と同様とする。
3 前二項の規定の適用に当たっては、思想及び良心の自由並びに結社の自由その他日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に制限するようなことがあってはならず、かつ、労働組合その他の団体の正当な活動を制限するようなことがあってはならない。
この条文は、2005年提出の政府原案と比べて、下記の点が変更となっています。



  1. 組織の定義について、一定の重大犯罪の実行を目的とするものに限定した。
  2. 対象となる犯罪について、組織の意思決定に基づき、その効果・利益が組織に帰属するものに限定した。
  3. 共謀罪成立には、共謀だけでなく、共謀者のいずれかが犯罪準備行為を行うことが必要とした。


この3回目の法案提出以降、何度か法案提出の動きがあったものの実際には提出されていません。この法案を原案としつつ、その後の政府与党内の検討を経て修正された法案が提出されるものと思います。

与党修正案の可能性

この記事を執筆している2017.1.17時点の報道によれば、政府自民党党は強い懸念(特に連立与党である公明党)に配慮し、上記法案の内容よりも犯罪構成要件を厳しくした内容に修正して法案提出する予定と報じられています。
条文を見ないとその実質はわかりませんが、下記のような修正が行われるようです。



  1. 共謀罪成立の要件として具体的な準備行為を必要とする
  2. 共謀罪の対象となる犯罪を原案の676から300程度に減らす


参照:「共謀罪」対象300程度に=公明要求で絞り込み-政府:時事ドットコム

問題点(論点)


共謀罪新設の必要性(立法事実)はあるのか

立法事実とは、その法律を制定する根拠となる事実であり、その法律の合理性を支える社会的、経済的、政治的、科学的事実です。
もう少し簡単な言い方をすると、その法律が必要とされる理由となるような事実、そしてその法律の目的や手段が正当で合理的なものだと言える理由になるような事実のことです。
共謀罪(テロ等準備罪)を新設する組織犯罪処罰法改正案について言えば、テロ犯罪が発生する具体的な危険があること、また、それが認められたとしてテロ犯罪の具体的な危険に現行法では十分対処できず共謀罪(テロ等準備罪)新設が必要であること、あるいは、その他特別な事情(国際関係等)により共謀罪(テロ等準備罪)新設が必要不可欠であること等です。
また、法改正の必要性が認められたとしても、その法改正の内容がその必要性・目的に照らして必要最低限の合理的なものになっているかも問題になります。

テロ対策の必要性

テロの不安
諸外国で頻発するテロ事件に関する報道を日々目にすれば、日本においてもテロ犯罪対策は必要だと感じるのは当然だと思います。また、国際テロ組織が日本を敵として認定したことや、日本で過去に起きた地下鉄サリン事件の例を想起すれば、日本がテロ犯罪に無縁ではないと考えるのも無理はないことです。
こした不安からすれば、2020年のオリンピック・パラリンピック開催との関係でテロ対策の必要性を主張する安倍首相の言葉に同意する人たちもいるでしょう。

安倍晋三首相は十日、共同通信社との単独インタビューに応じ、政府が通常国会に提出する方針を固めた「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案に関し、成立させなければテロ対策で各国と連携する国際組織犯罪防止条約が締結されず「二○二○年東京五輪・パラリンピックが開催できない」と指摘。
2017.1.11付東京新聞紙面より
しかしながらまず、以前よりも日本国内でテロが起きる現実的危険性が高まっているのかどうかについて、慎重に検討する必要があります。諸外国でテロが頻発しているから、日本国内でもテロが起きる可能性は高いだろうという抽象的な推測だけでは、国民の権利を制限する法改正の基礎となる立法事実とは言えません。現実にその危険性が高まっていることを示す事実が必要です。
これについては、少なくとも議論の際に問題となるようないわゆるテロ行為が行われた事実や、その計画が発覚したというような事実は、私の知る限りではありません。もちろん、国際情勢と無関係に考えることも出来ませんが、かといって諸外国でテロが頻発しているからというだけでは国内法の立法事実には足りません。具体的な国内におけるテロの危険性の「現実的」危険性を改正を推進する側が証明しなければなりませんが、それについて明確な説明はまだされているとは言えません。
今後の国会での議論・答弁を見ていくしかないでしょうが、現在のところは共謀罪(テロ等準備罪)の必要性の基礎となるようなテロの現実的危険性は無いように思えます。実際、これまでの法務省の説明においても、このようなテロの危険を前提にした立法の必要性はほとんど説明されず、後程述べる条約との関係での必要性のみが強調されてきたように思います。

現行法でテロ対策は不十分なのか
さらに、仮にテロの現実的危険性が高まっているとして(あくまでも仮定ですが)、共謀罪(テロ等準備罪)が存在しない現在の日本は、テロ対策が不十分なのでしょうか。
■ 現行法も既遂→未遂→予備→共謀と法益の重要性に応じて処罰規定を用意している
日本の刑法は、原則として法益侵害(法によって保護される利益、例えば生命・身体・財産等への侵害)が生じて(既遂)初めて犯罪が成立することを原則としています(原則として既遂処罰)。しかし、共謀罪(テロ等準備罪)新設が必要だとする立場からは、テロによって重大な結果が生じる前に摘発・処罰できなければ実効あるテロ対策は行えないということなのでしょう。
一方、日本の刑法には既遂犯処罰の例外として、法益侵害の結果が発生していなくても、その犯罪行為にとりかかり(実行の着手)があれば、法益侵害の危険性を発生させたとして処罰できる未遂犯処罰の規定があります。結果が発生する前に摘発しても一定の行為があれば摘発・処罰できます。例えば、殺人罪、放火罪、往来危険罪等をはじめとした多くの犯罪に未遂処罰の規定があります*2。しかし、テロ対策を強調する立場からすれば、それでもまだ足りない、ということなのでしょうね。実行の着手があってから摘発するのでは間に合わないと。とすれば、テロ犯罪として重大な法益侵害をもたらすような犯罪については、実行の着手がある前、つまり犯罪の準備段階でも摘発・処罰できるような法整備が必要だという主張につながります。
ところが、日本の刑法では、既遂・未遂処罰以外に、一定の重罪についてはその犯罪の準備を行う「予備」を例外的に処罰しています。例えば殺人予備罪、放火予備罪、内乱予備罪等です*3。これらは犯罪の実行に至らなくても、犯罪の予備行為を直接処罰できるものです。多くのテロ犯罪の準備行為は、殺人予備罪や放火予備罪によっても摘発・処罰は可能です。
もちろん、予備罪の成立には、その犯罪を犯す目的とともに、犯罪の実行に実質的に役に立つ準備行為が必要なので、共謀罪(テロ等準備罪)新設を主張する立場からは、それではダメなのだ、行為がなくても罰することが出来なければ足りないのだ、という主張が聞こえてきそうです。ただ、先ほど見たように、政府与党は共謀罪(テロ等準備罪)法案成立のために、「共謀罪成立の要件として具体的な準備行為を必要とする」という法案の修正を行うと報道されています。とすれば、予備罪で対応できる内容と実質的には変わらないのではないでしょうか。逆にそうではないとすると、要件追加される「具体的な準備行為」には大きな意味はないことを自白するようなものです。
また、具体的な準備行為を必要とせず「共謀」のみで成立する犯罪が現行刑法にもあります。特別重大な法益侵害の危険性のある犯罪行為については「共謀」そのものを犯罪として処罰する、という考えです。具体的には内乱陰謀罪(78条)、外患陰謀罪(88条)、私戦陰謀罪(93条)です。

現行刑法では、原則既遂を処罰、例外的に未遂を処罰、さらにより例外として予備を処罰、そして本当に特別な場合にのみ共謀を処罰するものとしており、それらの違いは各犯罪によって侵害される法益の重要性や大きさ等を主な基準としているのです。

しかし、共謀罪(テロ等準備罪)法案においては当初、600を超える犯罪について「共謀」を犯罪として処罰するものとして一気に範囲を拡大しようとしています。現時点(2017.1.17)の報道では、政府与党は対象犯罪を300程度まで減らす方向で調整中とのことですが、それでも今までの刑法のあり方からすれば、相当な範囲の拡大です。 

テロ犯罪対策として抑止・検挙・処罰すべきなのは、我々がテロという言葉で思い浮かぶような無差別殺人、大量殺人であり、直接これらと関係のない犯罪にまで拡大する必要はないはずではないでしょうか。

■ 銃刀法、さらには共謀共同正犯理論によっても準備に参加した者を処罰できる
また、日本は銃砲刀剣類所持等取締法という銃砲や刀剣の所持を厳しく取り締まる法律があり、実際も諸外国に比べて厳しい運用が行われているのは周知の事実です。これによっていわゆる実際の殺人等の実行行為にいたらない、いわゆるテロ行為の準備行為を取り締まることも十分可能です。
加えて、刑法には明確な規定はないものの、判例によって共謀共同正犯理論が確立されており*4、これによれば共謀に参加しただけで直接実行行為を行っていない者の処罰も実際に行われています。
■ テロ防止に関連する国際条約で国内法上の犯罪を規定
さらに、テロ防止に関連して13の国際条約を締結*5、そのうち1つを除きすべての条約を批准して、条約上の行為を国内法上の犯罪として規定しています。これらの犯罪の中には未遂以前の段階で処罰可能なものが含まれており、テロ対策として、実行行為に至る前の準備段階で摘発・処罰できる体制があります。

これほどに、重大犯罪や国際テロ犯罪について、実行行為に至る前の準備段階でも摘発・処罰できる法がある現状であり、加えて近年においていわゆるテロ犯罪やテロ犯罪の準備段階について摘発された例は私の知る限りありません。これまでの法体制で対応できないような現実が我々の前に存在すると言える状況ではない、と私は思います。

国際組織犯罪防止条約第5条は立法事実となるのか
この点は多少込み入った話でわかりにくい部分もあるのですが、簡単に書いておきます。日弁連のサイトにこの部分の詳細説明があるので、関心があれば参考にしてください。
日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:日弁連は共謀罪に反対します(共謀罪法案対策本部)

共謀罪を新設しないと条約が批准できないのか
国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約))は、「重大な犯罪」について共謀罪を設けることなどを求めています。

第5条  組織的な犯罪集団への参加の犯罪化
1 締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。
(a) 次の一方又は双方の行為(犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)
 (i) 金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの
 (ii) 組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は特定の犯罪を行う意図を認識しながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為
   a 組織的な犯罪集団の犯罪活動
   b 組織的な犯罪集団のその他の活動(当該個人が、自己の参加が当該犯罪集団の目的の達成に寄与することを知っているときに限る。)
(以下略)
これを受けて政府与党は、共謀罪を設けなければこの条約5条の求める義務を充たせずこの条約を批准することができない、としています。安倍首相が先ほど引用した共同通信のインタビューで「成立させなければテロ対策で各国と連携する国際組織犯罪防止条約が締結されず」と言うのも同じ趣旨です。
ところで、法務省の説明などを読んでも、共謀罪(テロ等準備罪)の立法事実として政府与党が主張しているのは、テロの現実的危険性が高まっているという事柄ではなく、「この条約を批准しなければ国際的に批判され、批准するためには共謀罪新設が必要」ということが専ら言われています(前述したテロ発生の現実的危険性がないにも関わらず、テロ対策として共謀罪を新設しようとするその姿勢に強い疑問を感じますが、ここでは一旦置きます)。
しかし、政府与党が成立させようとしている共謀罪(テロ等準備罪)を国内で規定しなければ、本当にこの条約を批准することができないのでしょうか。
国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約第34条は、これに関する規定をしています。

第三十四条 条約の実施
1 締約国は、この条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置(立法上及び行政上の措置を含む。)をとる。(以下略)
つまり、日本は日本の法律の基本原則を逸脱するような措置をする必要はないのです。もし共謀罪(テロ等準備罪)が日本の刑法体系を逸脱したり矛盾したりするなら、条約批准のためにそのようなものを設ける必要はない、と条約は言っているのです。そして、後ほど述べる通り、共謀罪(テロ等準備罪)は日本の法律の基本原則に反します。
そもそも各国が行う条約の批准について、国連がその適否を審査するわけではなく、またこの条約上も締約国会議が審査するともされていません。つまり、各国が一方的に批准の意思表示をすれば足りるので、現状で批准の障害となるものはありません。この条約を批准していない先進国はごくわずかであり、批准しないと国際的に批判を受ける可能性はあります。しかし、批准できないのは国内に共謀罪がないからではなく、内閣が国会の承認を経て批准の意思表示を行わないからに過ぎません。
また、この国際組織犯罪防止条約以外の条約で、各国に立法措置を求めているにもかかわらず、日本はその立法措置を行わないまま条約を批准しているものすらあります。例えば、人種差別撤廃条約です。この条約は「人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布」「人種差別の扇動」等について処罰立法措置をとることを義務づけていますが、日本はこれを留保したまま条約を批准しています *6。ヘイトスピーチを処罰するような法律は日本にはありませんが、この条約を政府は批准しているのです。なぜ、国際組織犯罪防止条約についてだけ、共謀罪を成立させないと批准できない、と言い張っているのでしょうか。極めて疑問です。

諸外国の例
それでは、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を既に批准している他の国は、各国内で包括的な共謀罪の法整備を行っているのでしょうか。もしそうであれば、日本政府が共謀罪の新設を行わなければ条約を批准できないというプレッシャーを国際社会から受けていると言えなくもないかも知れません。
これについては、日弁連が調査をしています。それによれば、米国、ブラジル、モロッコ、エルサルバドル、アンゴラ、メキシコも、組織犯罪の関与する重大犯罪の全てについて共謀罪の対象としていないことを認めているそうです。特に米国においては、州刑法の中には共謀罪が極めて限定的で条約の要求する処罰範囲が確保されていないことを前提にしつつ、州での立法をせずに批准に際し留保(条約の特定の規定に関して自国についての適用を排除・変更する目的をもって行われる一方的宣言)を行っています。

国際組織犯罪防止条約はテロ対策ではない
そもそも、共謀罪(テロ等準備罪)新設の理由としている国際組織犯罪防止条約は、テロ対策を念頭に置いて成立した条約ではなく、マフィア等の国際組織犯罪への対処を目的としたものでした。条約の採択は2000年(平成12年)であり現在とは国際情勢が大きく異なります。アメリカで起きた9.11のテロ事件も2001年の出来事であり、条約採択後のことです。
条約の中身を見ても、犯罪収益の洗浄や司法妨害等についての対処が中心となっており、テロリズムに焦点は当てられてはいません。しかも、2020年東京でのオリンピック開催が決定したのは2013年で、それ以前に政府与党は共謀罪法案を3度国会に提出しています。そもそも、国内でのテロ対策という理由は共謀罪の立法事実としてはほとんど考慮されてこなかったのです。
にもかかわらず、その後の諸外国でのテロの蔓延や、2020年のオリンピック・パラリンピックの開催にあたりテロ対策が重要だとして、この条約を引き合いに出すのは、あまりにもご都合主義です。

国民への欺瞞だけでなく国際社会への欺瞞でもある
政府は長年にわたり、共謀罪を新設しなければ国際組織犯罪防止条約を批准できない、としてほとんどの先進国が批准しているこの条約を批准しないできました。しかし、これまで見てきた通り、共謀罪新設なしに条約を批准することは可能であり、諸外国の例からも共謀罪がないことを理由に批准しないことには合理性はありません。他の条約においては留保の上批准をしているにもかかわらず、この条約だけ批准しないのは一貫性を欠いています。共謀罪新設の根拠としてきたこの条約に対する態度は、共謀罪新設という目的のために条約を利用しているのではないかという疑義すら感じます。
このような態度は日本国民を欺くのみならず、強力を求める国際社会への欺瞞ですらあると私には感じられます。

結論:立法事実の存在は疑わしい
このように見ていくと、

  1. 日本国内においてこれまでになかった新たなテロの現実的危険性は確認できない。
  2. 現行法においても重大犯罪の準備行為について摘発・処罰は十分可能。
  3. 国際組織犯罪防止条約は包括的な共謀罪(テロ等準備罪)の新設なしに批准可能である。
ということから、共謀罪(テロ等準備罪)を新設する法改正を行うような立法事実はない、つまり法改正をする必要はないと考えられます。

刑法の基本原則や憲法との関係

次に、共謀罪(テロ等準備罪)と刑法の基本原則や憲法との関係を検討します。

刑法の基本原則と憲法

内心を処罰する共謀罪(テロ等準備罪)
刑法は、処罰の対象を外部から客観的に認識できるような「行為」のみに限定し、何かを心の中で考えただけの場合それが例え「悪い」内心であっても処罰しないとしています。これは憲法19条で思想・良心の自由を絶対的に保障している日本国憲法の大原則が基礎にあります。
共謀は、二人以上の犯罪を行うという意思の合致ですが、それが共謀罪(テロ等準備罪)に該るかどうかを決めるのは、その合意の内容です。その合意の内容とは、人の内心にのみ存在するものである以上、共謀罪(テロ等準備罪)は内心そのものを処罰の対象とするものと言わざるを得ません。これは絶対的自由を保障する憲法19条の思想・良心の自由と真っ向から矛盾します。

危険性のない段階で処罰
また、先に見たように、刑法は既遂処罰を原則とし、例外として未遂を罰し、より例外的なものとして予備を罰し、非常に重大な法益に対するものについてだけ共謀を罰しています。これは、「悪い」内心が内心にとどまらず行為として表れた場合でも、それを直ちに罰するのではなく、法益侵害やその可能性がない限り罰しない、という刑法の姿勢を表しています。
なぜなら、刑罰を科するということは、人の自由・権利を強力に制限するものであるため、できるだけ必要最低限のものに限らなければならない、という「刑法の謙抑性」の考え方に基づいているものです。これは、フランス人権宣言の時代からある近代法の基本原理の一つです。より有り体に言えば、なんでもかんでも犯罪にすべきではなく、犯罪にしなくて済むものは犯罪にすべきではなく他の手段を使うべきだ、といったものでしょうか。
この考え方に基づいて、日本の刑法はきちんと法的侵害の度合い、危険性に応じて、既遂→未遂→予備→共謀といった順に原則→例外という体系をとって犯罪を規定しています。
しかし共謀罪(テロ等準備罪)はこの原則を無視して、一気に「共謀」を広く罰するように変更しようとしています。これは近代刑法の原則に真っ向から対立するものです。

要件を加えても問題は解決しない
過去の修正案と現時点での報道を踏まえると、当初「共謀」のみをもって犯罪が成立するように規定していた政府与党も、「共謀」だけではなく、「共謀者のいずれかが犯罪準備行為を行うこと」を要件に加えるものとしました。これで一見、内心のみを処罰するものとは異なると主張できるように見えます。
しかしこの犯罪準備行為は過去の法務省の説明によれば「犯罪の実行に向けた具体的な行為」とされているだけで、法益侵害の危険性との関連で設定される要件ではありません。つまり、要件として加えられる準備行為自体が持つ法益侵害の危険性は問わないといのが政府の見解です。一方で、刑法が例外的に罰する予備罪における予備行為については、法益侵害の危険性が高まったことを客観的に判断する必要があることは学説判例の蓄積によって確立しています。
つまり、準備行為が必要との修正がされたとしても、それは予備罪におけるような法益侵害の危険性が問題とならないことから、「共謀」があったとさえすれば、どのような行為でも「準備行為」だと認定されてしまう危険性があるのです。
結局のところ、「共謀」の中身との関係で何らかの行為を捉えれば共謀罪(テロ等準備罪)が成立するとされかねない曖昧な要件に過ぎず、このことからすれば、この要件を加えたところで「共謀」という人の内心にのみ存在するものを直接処罰しようとする共謀罪(テロ等準備罪)の本質は変わりません

誰かが準備すれば処罰される可能性
政府与党案によれば、共謀があり、共謀者のいずれかが犯罪準備行為を行えば、共謀に加わった者は処罰されるものとしています。しかしながら、先にみたように「犯罪準備行為」は法益侵害の危険性が高まったかどうかと無関係な要件であり、何を行えばこれに該当するのかは曖昧です。
そのような中で、人の内心にある「共謀」に着目して検挙されたある人が、自分が認識していなかった「犯罪準備行為」をメンバーの誰かがしただけで、共謀罪として処罰されるのが政府与党案です。これによれば、たとえば30人のグループで何か相談があった中で、その中の1人の行った行為を「犯罪準備行為」と認定すれば、共謀罪となる可能性すらある、ということです。
共謀罪をテロ等準備罪と言い換えて、犯罪準備行為を要件に加えたとしても、「共謀」とされる話し合いに加わっただけで何らの準備行為に関わっていない人間からすれば、「準備罪」ではなく「共謀罪」そのものであり、内心そのものに着目してそれを処罰するものになってしまいます。

結論:法体系を揺るがし人権を侵害しかねない
日本の刑法が、予備罪ですら例外中の例外とし、共謀を罰するのは数個の犯罪に過ぎないとしているのは、近代刑法の原則や日本国憲法の保障する思想良心の自由をしっかりと踏まえた上でのことです。
これに対し、共謀罪(テロ等準備罪)は、現時点で政府与党が言うような準備行為の要件を加えたとしても、結局は法益侵害の危険性が高まったかどうかとは無関係な、内心そのものへの処罰という性質を免れないと思います。これでは日本の刑法の謙抑性、日本国憲法における思想・良心の自由をとは相容れないものとして許されないのではないかと思います。
そして、先に述べた国際組織犯罪防止条約第三十四条では「自国の国内法の基本原則に従って」とあるのですから、この条約を理由に共謀罪(テロ等準備罪)を新設する理由にはならないということも、ここで重ねて言えます。

現実問題として全ての人に関係が生じそうな捜査の問題


監視、盗聴という捜査手法が正当化される
ここまでは、共謀罪(テロ等準備罪)が内心そのものを処罰するのと変わらないという点や、その成立要件が曖昧であることなどを書いてきましたが、それよりも最もこの法案が成立した場合に心配されるのは、共謀罪(テロ等準備罪)摘発のための捜査に関してです。
通常の犯罪捜査においては、何がしかの客観的な犯罪結果や、外から認識できる犯罪行為を追っていくことになります。それは例えば犯罪被害の状況であったり、犯罪現場に残された容疑者の痕跡(持ち物や足跡、指紋など)から、容疑者を追っていき特定していくという手法です。捜査官が追うのは、もちろん、証人や容疑者本人からの証言、自白等もありますが、その主なものは外から認識できる犯罪結果や犯罪行為等の証拠、つまり、客観的に痕跡が残るものです。
しかし、共謀罪(テロ等準備罪)は、共謀、つまり話し合いをして犯罪を実行することを合意したことそのものが犯罪となるので、その捜査の対象は話し合いそのものとなります。とすれば、捜査当局が「組織犯罪集団」との疑いを持つ集団に対しては、日常的に監視し、あるいは話し合い自体を盗聴しなければ、有効な捜査はできません。そしてまた、共謀の段階では、具体的な行為によって法益侵害の危険性は高まっていないので、共謀そのものを危険なものとして捜査対象とするしかないとも言えます
とすれば、実際に危険があるかどうかもわからない段階で、捜査機関が「組織犯罪集団」との疑いをもちさえすれば、監視や盗聴が正当化される可能性が高いということです。

2016年刑事訴訟法改正による盗聴対象の拡大との関係
2016年に刑事訴訟法が改正される以前は、盗聴という捜査手法は、薬物、銃器、組織的殺人などいわゆる暴力団関係の組織犯罪4類型を対象とする捜査に限定されており、なおかつ、通信事業者の常時立ち会いが義務付けられていました。ところが昨年の改正によって、盗聴の対象となる犯罪は窃盗、詐欺、恐喝、逮捕監禁、傷害等の一般的な刑法犯を含む広い範囲にまで拡大されました。さらに、通信事業者の立ち合いも不要となっています。
この法改正自体、1999年に世論の反対に配慮して適用対象を限定せざるをえなかったものを、2016年になって解除したものと言え大きな問題がありますが、さらに、今回の共謀罪(テロ等準備罪)が成立すれば、より盗聴は蔓延ることになるでしょう。通常の犯罪の場合は、その犯罪に関わる嫌疑等との関連で盗聴の必要性等が少なくとも勘案されますが、共謀罪は共謀そのものが犯罪行為とされるため、盗聴の必要性は容易に認められてしまう可能性が高いからです。

司法取引制度との関係
また、同改正で成立したものの中に司法取引制度があります。これは、他人の犯罪の立証に協力する代わりに自分の罪の減免をしてもらうよう検察官と合意をするものです。
共謀罪(テロ等準備罪)はその性質上、話し合い内容を立証する場合に、共謀に参加したとされるものの証言は重要なものと扱われるでしょうが、司法取引制度と共謀罪(テロ等防止罪)の自首減免制度を悪用すれば、虚偽の密告と自白をすることで、誰かを共謀罪へと陥れることも不可能ではありません。一方で、このような場合に、冤罪にさらされる側は犯罪事実がないことの反証をすることは容易ではありません。
共謀罪(テロ等準備罪)と司法取引の組み合わせは、新たな冤罪の強力な温床となる可能性があると思います。

一般人には関係ないという説明について

テロ等準備罪についての政府与党の説明の中に、「一般人は対象外」というものがあります。

政府が検討しているのはテロ等準備罪であり、従前の共謀罪とは別物だ。犯罪の主体を限定するなど(要件を絞っているため)一般の方々が対象になることはあり得ない
共謀罪「一般人は対象外」=菅官房長官:時事ドットコム
しかし、組織犯罪集団の構成員であるとか、犯罪予備・共謀をしたのだとか、そのような認定を当局からされるまでは誰もが「一般人」です。一方で、そのような認定を当局からされてしまえば、その途端に菅官房長官のいうような「一般人」ではなくなるわけです。
ここで大切なことは、当局の認定というのは裁判を経た有罪判決ではない、ということです。裁判手続きを経て有罪判決を受ける前に、テロ等準備罪の捜査の対象となるかどうかを認定するのは、主に警察当局であり、その認定は正式な裁判手続きではない多分に恣意が入る可能性のあるものです。
そもそも、テロ防止を目的としてテロ等準備罪を新設するのである以上、その対象は暴力団や暴力団の構成員ではありません。テロリストです。そして諸外国のテロ事件の例を見れば、テロリストは一般人と変わらぬ生活をしていることも多いです。そのようなテロリストをテロ等準備罪で摘発するためには、一般人にも広く嫌疑をかけるしか方法はありません。つまり、テロ等準備罪は本来、一般人を捜査の対象とすることを認めなければ意味のないものなのです。
誤った起訴がされても必ず無罪になる、冤罪は発生しない、という脳天気な裁判所への信頼を前提にしたとしても、先の述べたように、共謀罪(テロ等防止罪)は、捜査手法として監視と盗聴を広く求めるものです。もし、百歩譲って「一般人」が直接の捜査対象にならないとしても、監視・盗聴は犯罪事実だけを対象とするものではなく、多くの犯罪事実とはならない行動や会話をも対象とせざるを得ないものなので、「一般人」も警察当局からの監視を常に受けてしまう可能性もあります。
いずれにせよ、「一般人は対象外」という説明は欺瞞です。加えて、先に述べた刑訴法の改正を見てもわかるように、世論の反対が強い事項については、最初は小さく立法しておいて後で対象を拡大しなし崩し的に何でもできるようにする、というのは従前からの手法とも言えます。一度、法案が通過したら、それを廃止するのはおろか、拡大を止めることも難しくなるのは容易に想像できるはずです。

まとめ

以上見てきたように、共謀罪(テロ等準備罪)については、テロ対策という観点からも必要性は非常に疑わしく、さらに、国際組織犯罪防止条約との関係でも新設の必要性はありません。
他方、共謀罪(テロ等準備罪)が新設されれば、現在聞こえているような修正を加味したとしても、日本国憲法の思想良心の自由や、刑法の基本原則と対立し、曖昧な要件の下で幅広い犯罪を成立させる可能性のある危険なものです。
そして何よりも、共謀罪(テロ等準備罪)の新設は、昨年の刑訴法改正とも相まって、国民生活に対して加速度的に盗聴による捜査が入り込んだり、冤罪を増やしてしまうような結果を招く危険性が非常に高いと思われます。
何よりも、立法に関しては、その立法の本来の目的、建前ではなく法案を何としても通過させたい勢力の思惑をよく理解する必要があります。それは主観的な思い込み、推測では足りませんが、法案の提出過程や修正過程を追って行けばわかるはずです。
この記事の中で、最初に修正前の政府案を上げたのは、この共謀罪(テロ等準備罪)の目的がどこにあるのかが良くわかるから、という意味もありました。再度ここに掲載します。

(組織的な犯罪の共謀)
第六条の二
次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
 一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
 二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。
ここには、共謀罪成立を願う側の望みが端的に表れています。彼らは、ほとんど対象を限定せずに、共謀罪が成立するものとしたかったのです。
それは、誰もかれもを犯罪で罰したいからとは限りません。犯罪そのものの成立よりも、「共謀が行われているのではないか」という嫌疑の下に広く捜査活動を行える根拠が欲しいのかも知れません。もちろん、いざとなれば立件できますが、そうでなくてもターゲットを決めれば、盗聴・監視を合法的に行えるような法的基礎を手に入れたい、その執念が、今この高い政権支持率の中で今結実しようとしているのです。
共謀罪(テロ等予備罪)の成立によって不当に人権を制約される可能性のあるのは、いわゆる左翼、労働組合、社会運動等に関与している人々だけではありません。あなたが右翼であれ、特別な政治的立場を自覚していない人であったとしても、もしこの法案が成立したなら、この2017年を日本社会が暗い方向へと向かった年として思い出すことになるかも知れません。

繰り返しますが、テロ対策という建前とは関係なく、この共謀罪(テロ等準備罪)は、政府当局がその気になりさえすれば国民の誰を監視対象にしても許されるとするものです。誰でもです。あなたがどんな政治的立場にあろうと、まっとうに暮らしていようとです。


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1945年
 占領軍の指揮官のマッカーサーは、日本の徹底改革&天皇制維持の姿勢を決めていた。ワシントン政府は、日本の改革・天皇制いずれにもフラフラしてた。結局はマッカーサーが独断専行で決めていく。

 そのマッカーサーを、日本国民は熱烈歓迎する。
ここで労働基準法を作り組合活動を合法化し、戦前・戦中に拘束されていた社会主義者・共産主義者が釈放される

1945年10月4日、
 マッカーサーから治安維持法(共謀罪)の廃止を要求された日本の東久邇内閣は、それを拒絶し総辞職した。
 すなわち、日本の支配層は、敗戦後に、弾圧した国民の復讐を恐れ、日本占領軍に逆らってでも治安維持法を守ろうとした

 しかし、戦後にアメリカから与えられた民主主義体制によって日本の治安が良好に保たれたので、
戦前の治安維持法(共謀罪)も、共産主義者の暗殺行為も、思想善導も必要無かった。

「児童を保護するため」と言った児童ポルノ規制法は、実際は、
「児童ポルノ単純所持罪は児童を逮捕するための法律かも」
でした。
(このグラフの元データは、警察庁の生活安全の確保に関する統計のうち、「平成25年中の少年非行情勢について」の報告による)

同様に、「国民をテロから保護するため」と言うテロ準備罪は、
「国民を逮捕するための法律」のようです。

また自民党は、テロ準備罪(治安維持法)の成立に向けて、以下の憲法改悪案で運用したいと考えているようです。
(憲法36条)公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
自民党案では:「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、これを禁ずる。」に変えます。
テロ準備罪(治安維持法)の運用等で止むお得ないと総理大臣(安倍)が判断した場合は、拷問を許可するようです。 




治安維持法――なぜ政党政治は「悪法」を生んだか(その2)  

あらたな取締対象を開拓
 1937年6月の思想実務者会同で、東京地裁検事局の栗谷四郎が、検挙すべき対象がほとんど払底するという状況になっている状況を指摘し、特高警察と思想検察の存在意義が希薄化させるおそれが生じている事に危機感を表明した。
(1935年から1936年にかけて、予算減・人員減があった)
 そのため、あらたな取締対象の開拓がめざされていった。
 
治安維持法適用対象を拡大し、宗教団体、学術研究会(唯物論研究会)、芸術団体なども摘発されていきます。