2014年12月21日日曜日

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貧困の連鎖と学習支援
宮 武 正 明
こども教育宝仙大学 紀要 4 (2013 年3 月発行)

はじめに 
 私は、2009 年4 月に本学に赴任して、
2009 年10 月から千葉県八千代市にて生活保護世帯・母子世帯の中学生の学習支援に取り組み、
1986 年江戸川区に在職していて区役所の夜間に立ち上げた中学生勉強会がその後25年間つづいていることの経過を合わせて、
2010 年3 月『こども教育宝仙大学紀要』no. 1 に
「生活困難な家庭の児童の学習支援はなぜ大切か
─高校就学保障のしくみに至る経過─」を掲載した。

 その後の4 年間で、これらの問題提起と実践は国と自治体、マスコミ報道において、どのように受け止められ、
対応策が講じられてきただろうか。

この間の学習支援で分かったことを含めて、中間報告する。

 一. 子どもの貧困・貧困の連鎖はなぜ起きているか
 

 2011 年9 月NHKは「生活保護費3 兆円時代」を放映し、
大阪市で稼働年齢層の生活保護者が急増している実態を紹介した。
 福祉事務所ケースワーカーが自立支援プログラムに基づき、
無職者や仕事を失った者と一緒にハローワークを訪ね、
求人先にも付き添うが、
履歴書の職歴の欄で説明ができない求職者は求人先から次々と断られる。
 大阪市の福祉事務所では
「一年間に7,000人以上の自立支援を指導しているが就労自立できたのは165 人のみ」。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3165.html
1992年から、日本の大手企業が生産を海外に移転し始めた。
それにともない、高卒者、中卒者の就職数が急落し、
総体としての失業率が増えた。
そして、金融資産ゼロ世帯が増え始め、
自殺率が増え、現在に至っている。

ただし、総務省の統計で、
2014年は:
全産業の就業者数は6390万人
製造業の就業者数は1024万人で6分の1
卸売業・小売業は   1082万人
医療・福祉        735万人(拡大してきている)
 であるので、製造業の雇用責任は6分の1に過ぎない。

若者の雇用と報酬が十分で無いのは、製造業の海外生産移転というダイナミックな動きよりは、それ以外の全産業に係わる国家体質に原因があると考えられる。

http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g40601a02j.pdf

http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2013/pdf/honbun01_01_00.pdf

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000026271631
厚生労働省の毎月勤労統計調査の統計表一覧、季節調整済指数及び増減率11(実質賃金 季節調整済指数及び増減率、現金給与総額(5人以上))から(1月-3月)データを抽出

http://sightfree.blogspot.jp/2012/10/1995.html
(家計の金融行動に関する世論調査:2人以上世帯調査)時系列データ(問2(a))

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/toukei/h25.html
失業率の推移のデータはここをクリックした先のページから得た。
 日本の自殺率には、「失業率が3.5%を超えると自殺率が増える」という法則があるように見える。


彼等が他に生活の方法がなく生活保護の受給を続けたら、
働いた場合の税や社会保険料による社会的費用の負担をしないことも加味すれば一人当たり5 千万円もの公費負担が必要になるというものであった。
 2000 年代以前の生活保護では考えられなかった稼働年齢単身者の生活保護の受給はなぜ起きているのか。
 原因の一つは、2000年代新自由主義のもたらしたセーフティネットのない非正規雇用の拡大による負の遺産にあるが、
 さらに一つは、さかのぼって1980年代総中流社会と言われた中で社会的に排除されてきた貧困世帯の児童がその後少年となり中年になる中で貧困の連鎖が起きていることにある。
 

(情報源:衛生行政報告例(平成21年)F06付表6「人口妊娠中絶件数,年齢階層・年次別」)
情報通信統計データベースのインターネット分野の「インターネット普及率の推移(個人)」)
 なお、「携帯Web見」とは、モバイル機器によりインターネットアクセスをした人の数のことです。


 1980 年代前後、東京江戸川区・足立区、愛知県は高校進学率は90%、大阪府は92%であった。
 これらの地域では、1 割近くの子どもが中学卒業後高校に進学していなかったが、
その大半が仕事にも就けない状態で「無職少年」となり、
形式高校入学・中退者とあわせて、貧困の連鎖を生み、
その一部の少年は
(中略)
地域で様々な少年事件を起こしていった。
 

 それから20 年余、彼らは少なからず前述の大阪市の事例に見られるような
「無職ときどき不安定な仕事」の「無職中年」になっている。
 

 私は、30 年前から、ケースワーカーとして担当した江戸川区を例に、
残された1 割の中学卒業・不進学者は、
学力不振などによりほとんど就職していないし、

雇われる先がないことを指摘し続けてきた
(少しでも学力があれば高校に進学する)。

(中略)

 西村さんの作品で思うもう一つのことは、
彼が中学を卒業した1980年代前半でも、
中卒者の就職は西村さんが書いているとおり困難なものであったのに、
それから20数年後の今日、
中卒者の就職はもっともっと困難になっているということである。
この間に、1995年には理容師・美容師の専門学校が入学資格を中学卒業から高校卒業に変えている。
いつの時代からか「見習い」など手に職をつける職種の言葉もすっかり聴かなくなっている。
仕事を一から教えて一人前にしようという「職親」など今日には
いない。

さまざまな就職ガイダンス・職業紹介の冊子は
すべて高校卒業程度の学力を求めている。

即戦力が求められ、電卓やレジが打てないで就職することはできない。
いまだに中卒者は「金の卵」と信じている人に、この現実を知ってほしい。
 

 ところで、生活困難層の子どもたちの高校就学のための制度は完全ではないが整えられている。
にもかかわらず、なぜいまだに高校進学率が低い自治体や中学校があるのであろうか。
 

 その一つは、生活保護世帯の児童の高校進学が認められ40 年を経過しているにもかかわらず、
いまだに
生活困難層の子どもたちは高校に進学できないと思いこんでいる親や教師・地域社会が存在していたり、
自治体によっては
生活保護を一件でも多く廃止しようとしていて
高校進学を閉ざすところすら最近まで存在していた。

(中略)

すでに40年前から高校進学率が98%に達していて、
長期にわたって高校不進学者はほとんどいない富山県から
教育、福祉、国や行政の関係者は学ぶべきである。
 

 さらに一つは、生活困難家庭の子ども自身の低学力、
学力不振の深刻な悩みがある。

生活困難と家庭崩壊にさらされた子どもたちの多くは、
小学生の早い時期から学力・生活力の習得で遅れがちになり、
中学校では学力不振、不登校、非行などの問題を抱えて、
家庭的にも本人自身の事情でも自分の将来に希望をもてなくなり、
早い時期から高校進学を諦めてしまう。
 

 たしかに、中学3 年でABCが書けない子、
九九ができない子など、
むしろ9 年間よく学校へ通ったと感心するほど深刻な子どもが存在している。
しかし、それらの子どもたちを低学力のままで社会に出すことは、今日の社会ではまさに貧困の再生産以外のなにものでもない。
ABCや九九がおぼつかない子どもたちだって、
機会さえあれば学力をつけて「機会さえあれば高校へ行きたい」
のである。

学力不振のまま高校に入学するのではなく、
基礎的な力を少しでも身につけて高校就学することこそがそれぞれの児童に求められている。
 

二. 貧困の連鎖
─教育力に欠ける家庭で、子どもたちはどう成長したか
 

 近年、不登校児が急増している。

(中略)

不登校児の家庭の多くは生活困難家庭であり、
「東京シューレ」などの恵まれた家庭の子どもたちではないことを知っておく必要がある。
 

(中略)

一人の不登校児をつくること、放置することは、
兄弟姉妹においても、地域においても、不登校児を拡大し
ていく危険性をもっていることをこの事例は示している。


(当ブログのコメント: 参考のため当ブログに、この実践経験学識者の論文を掲載した。
しかし、貧困=犯罪化という事を前提に論を進めることには異論がある。
貧困は犯罪の温床になるが、貧困=犯罪ではないし(研究に嘘が入り始めたら、その全研究が嘘で染まる恐れがある)、その貧困対策として単に不登校を解消させれば問題が解決するとして、それ以外の不登校の事情を顧みないというのであれば、いけないと思う。)
 

(中略)
教育が欠けた時に、貧困は連鎖し、家庭においても地域においてもさらに拡大再生産されるということである。

 三. 生活保護受給母子世帯調査と貧困の連鎖
 

 今日では、生活保護世帯の高校生には高校就学費、
小・中・高生に学習支援費が支給され、
児童養護施設の高校生には特別育成費として高校就学費、
大学進学等自立生活支度金が支給されている。
 これらは、生活困難家庭の子どもの勉学意欲を壊さない効果だけでなく、
高校就学を憲法第二五条最低生活保障・生存権の一つとして位置づけることで、さらに貧困の連鎖・再生産を防止すると
いう視点に立っている。
 

 母子世帯に限ると、
母子世帯の8 割におよぶ約100 万世帯が離別等による児童扶養手当受給世帯であるが、
手当が該当するのは年収365 万円以下の低所得である。
その中で、約15万世帯が生活保護を受給している。
85万世帯は低所得にも関わらず生活保護を受給していない。
 ここから、児童扶養手当は小額であるにも関わらず、
生活保護を受けないためのセーフティネットになっていることがわかる。
 ここからも、新自由主義者による二極化は手前の社会保険や手当によるガードがないと生活保護者を増加させることがわかる。
 

 そうした中での生活保護受給母子世帯であるが、
生活保護行政においては、保護の縮小が叫ばれるたびに何度
も生活保護受給母子世帯にターゲットが絞られ、

母子加算の廃止や保護の廃止が求められてきた。

(中略)

 そうした国の施策のモデル都市となった先進都市において生活保護受給母子世帯の調査が行われたが、
その調査でわかったことが注目される。
受給母子世帯の母親の就学歴についてである。
 

①  北海道釧路市2006 年調査、
17.5%が中学卒業、
16.8%が高校中退、

合わせて34.3%
②  千葉県八千代市2007年調査、

26.9%が中学卒業、
16.4%が高校中退、

合わせて43.3%
 

 生活保護受給母子世帯では、高校就学ができなかった、
ないしは不十分に終わった場合が3 ~ 4 割に及ぶのである。


(中略)

この二市の調査では、
学力・知識に欠けた彼女たちの就労は容易ではなく、
大半が短期の就労で終ってしまい、その繰り返しがつづく。
 生活の疲れが精神的な疲れとなり精神的な疾病になっている母親が受給世帯の1/3 を占める。
 そうした中で、子育てをしているのである。
 これらの家庭で育つ子どもが、学力も生活力もつかず貧困の連鎖、生活保護の二世代化になることは避けられない。

けれども方策はあるのである。
 

 前述した富山県は長期間100%に近い高校進学率の中で長期間生活保護率は全国最低をつづけている。
 生活保護受給世帯の児童は、
小・中学校あわせて全児童の0.04%
(2007 年現在、大半の県が1.00%以上)
にすぎない。

 私の聞き取り調査においても、富山県の中学校の高校進学の指導は徹底している。


 その結果富山県は女性の就労率が全国一となり、
大半の人が正規雇用期間があるため無年金高齢者になることはほとんどなくて、
しばしば全国一豊かな県だと言われる


 2010 年高校授業料無料化が実現したが、
それでも高校進学率が95%以下の自治体や中学校がいまだに存在している。

 今日の社会で高校へ行けない環境におかれた子どもたちの多くは、就職もできず、
就職したとしても長続きできず、ひきこもるか地域でブラブラすることになっていく。

今日少年事件が報道されるたびに、
高校就学年齢であるが高校に通っていない「無職少年」が関わっていることが報道されるが、
いまだそれらに疑問を持たない社会が存在している。
都市に大量の無職少年が滞留すると、暴走族など非行グループの温床となる一方、
早すぎる性体験、妊娠や若年母子世帯などで貧困の二世代化、
貧困の再生産がすすむ。
「無職少年」の多くは、福祉・教育の側からの高校就学の不徹底の中で作り出されてきた。
 

 残されている2%とごく少数になった高校不進学の子どもを放置し、高校進学率を100%に近づける努力をしないままでは、
教育の機会均等は実現できないし、貧困の世代間継承、地域の荒廃は防げない。
 

(中略) 

  四. 生活保護世帯の学習支援が国の補助事業となって
 

 それではなぜ生活保護世帯の高校生には高校就学費が支給され
児童養護施設の高校生には特別育成費として高校就学費が支給されるようになったか。
 

 生活保護世帯・母子父子世帯等生活困難世帯の子どもの高校就学が世帯全体の自立に果たす効果は決定的に大きい。

 生活保護世帯の場合、子どもが高校卒業後の就職によって世帯の生活保護が廃止になる場合も多い。

 一方で高校不進学の場合は、それらの子どもの多くが途中で
その世帯から離れ、世帯の生活苦はその後も続いていく。


 したがって、子どもが貧困の連鎖・再生産を繰り返さないことだけでなく、

世帯全体の社会的自立の観点からもこれらの子どもへの高校就学援助の徹底が求められてきた。
 

 そうした各地の福祉事務所ケースワーカーら現場の声 を受けて、
国は2004年社会保障審議会に設置された専門委員会の検討と意見具申により、
2005 年4 月から生活保護世帯の高校就学費を「生業扶助」として支給することとし、
2009 年7 月からは小・中・高生に学習支援費の支給も始め、
さらに2010年から中学生勉強会等の学習支援を「生活保護自立支援事業」の対象としたのである。
 

(中略)
 

 さらに、2012 年度より、国は、母子及び寡婦福祉法の実施において、
「学習ボランティア事業」を新設し、
ひとり親家庭に大学生などのボランティアを派遣し、
児童等の学習支援や進学相談に応じることになった。

 この事業は、受諾したNPO 法人等がコーディネートを行い、
地域の施設または自宅にボランティアを派遣する仕組みで、
児童等の学習を支援する経費として一事業あたり年額458万円を補助するものとなった。 
 

 現在、各地で、経済的に塾に行けない生活保護世帯・母子父子世帯等の中学生を対象とした中学生勉強会が組織され、
学力不振になりがちな家庭環境におかれている子どもたちと対面による学習支援が取り組まれはじめている。
 

 埼玉県では2010 年10 月から県として取り組み、
2010年5 カ所、2011 年10 カ所に中学生勉強会が開設されている。(2011 年10 月3 日日本テレビ「奇蹟の教室」で放映)

 横浜市では各区の福祉事務所と地元の児童養護施設やNPO 法人が連携し中学生の学習支援がつづけられている。

 千葉県では、2012 年現在5 市の福祉事務所が事業化、
2013 年からは新たな1 市が前述の国の「学習ボランティア事業」補助に基づく子育て支援課の事業として市内の母子父子世帯全体を対象に事業を企画している。
 

 関西では、2012 年9 月関西各地で学習支援に取り組んでいるNPO 法人が交流会を開き、
学習支援者相互の情報交換を行っている。
会場は150 名ほどの参加で、主催者の予想をはるかに上回ったとのことである。
 

五.学習支援の場に再び参加して
 

 2009年10月から千葉県八千代市において、
地元市と連携して「若者ゼミナール」の名称で、
中学3年生を中心に生活保護世帯・母子父子世帯の児童の学習支援の場を設けて、今春4 年目の春を迎える。
私もそのスタッフの一員として参加している。
 

 2009 年秋、学習支援事業を始めるにあたり、
「市内のひとり親家庭などの中高生を対象とし、
勉強の場を無料で提供」の内容のチラシを市担当課の協力を得て配布し、
子どもたちの募集を行った。

そして名称を「若者ゼミナール」とした。
また子どもの受け入れ・対応、学習支援の方針、注意事項等をまとめた
「学習支援事業対応・受け入れマニュアル」を作成した。

 学習支援スタッフは、当初「子ども支援者養成講座」を開催し地元参加者に支援スタッフになるよう依頼したが難しく、
学生参加者がその後学習支援スタッフとなった。
その後は学生ボランティア希望者にガイダンスを行い、スタッフを依頼している。
 

 実施場所は、初年度市が開設している子どもの居場所づくり会場で毎週木曜日17:00~20:00 の時間帯に行ったが、
出席者が10 名を越すようになって手狭になり翌年度から市社会福祉協議会の福祉センター作業室に移して現在に至っている。
 

 学習支援は、
子どもたちが持参する教科書、問題集等に加え、
ゼミナールが購入した参考書などを使用し、
それぞれの子どもたちの学力、興味なども考慮に入れつつ、
個別指導やグループ学習を組み合わせて行っている。


 当初中学3 年生2 名の参加から始まり、

初年度は中学3 年生4 名、
中学2 年生2 名の計6 名が参加し、
子どもたち自身の努力もあり、最終的には3 年生全員が公立高校へ進学した。

 毎回の活動終了後、学生の学習支援スタッフとミーティングを行い、
それぞれの子どもの記録の整理も行っている。
ゼミナールの終了が20 時であるため、子ども本人あるいは保護者からゼミナールの携帯電話に帰宅の連絡を行うこととし、
毎回子どもたちの帰宅の確認を必ずとっている。
 

 2010 年度からは前述の国の「生活保護自立支援事業」の対象となり、
市の事業となって担当課で非常勤職員(家庭・就学支援相談員)を採用し、
会場の管理、子どもたちの受け入れ、学習支援スタッフとの連絡調整をしていただいた。
学習支援の対象は、生活保護世帯の中学3 年生、
市内の対象児童の半数にあたる10 名が中心となり、
他に中学1・2 年生および高校生となった者も参加した。

 2011 年の春は9 名が公立高校に進学した。

 ゼミナールでは、夏に市保健センターの栄養士さんに指導を依頼して料理教室を開くなど、
社会体験の広がりにも配慮している。
 

六. 学習支援で子どもたちはどう変わるか
 

 様々な事情で教育力のない家庭環境に育った子どもたちは、
経済的に高校に進学できるのか不安のままに育ち、
共通して学力不振の悩みをかかえてしまう。
中学3 年生になっても学力不振の悩みは彼ら自身には解決できないままでいる。
自治体の生活保護や母子福祉の担当職員が親に説明して、子にも説明して、ようやく自分も高校に進学できることがわかる。
その時から勉強を始めても、一人では勉強が分からない場合が多い。
 

 これらの子どもたちが、たった週1 日のゼミナールを僅か3ヶ月通うだけで、
中学校でのテストの結果が共通して
「それまで各教科15~20点台から30~40点台に」変わってくる。「勉強すること、学ぶこと」が面白くなり、
開設日は一日も休まず通い続けるようになる。
 

 最初の年の男子はゼミナールに来た時
「自分は高校に行けないと思っていた、
数学や英語の問題を家で解いたことがない、
学校のテストはいずれも20 点以内」
と言う。
彼はゼミナールに通って数回で勉強することは楽しいことだと会得した。
現在高校3 年生の彼は「数学・英語が得意科目になった。
大学に進学したい」と母親を驚かせたこともあった。
大学進学は経済的に困難なことがわかり、
地元の企業の面接を受けたが断られた。
企業からは、高校生の間に自動車免許を取るように求められた
が返答できなかった。
 

 もう一人の女子は、ゼミナールにおける高校推薦入試の面接の際に面接の事例集にある「高卒後の進路」の問に答えられなかった。
家庭環境から「進学して保育士になります」といえないのである。
これらの子どもたちは面接についても不利を抱えている。
彼女は高校入学してからも3 年間毎週ゼミナールに通い続けている。
時には、中学生の数学をみて教えることもある。
高校生の就職難の中、進路は決まらない。
 

 個別指導を行う中でこれらの変化を見続けているのが、
これらの勉強会にボランティアとして通っている学生スタッフたちである。

学生たちは、子どもたちの学習支援を通して、
社会人として教員あるいは福祉の現場で働く時に役立つ学びができている。
学生たちの学びと変化にも、学生の学習支援の場づくりのもう一つの意義がある。
 

 当初から4 年間、学生ボランティアを続けてきた3 名の学生は、
いずれも新設の教育系大学だったが
狭き門の教員採用試験に合格した。
ゼミナールで出会ったすべての子が、
何から教えればよいか戸惑う状態の学力であったなかで、
3 名の学生スタッフは、この困難な個別指導の中で教育方法を学ぶことができたからである。
 

 このことから、全国各地域で生活保護世帯に限らず、
塾に通えない生活困難な家庭の子どもの学習支援の場づくりに取り組むことができれば、

「貧困の連鎖」の防止だけでなく、
将来教育や福祉の施策を進める人材を育てることも期待できる。
 

 若者ゼミナールのコーディネーター役の家庭・就学支援相談員(市の非常勤)は臨床心理士であるが、
福祉事務所ケースワーカーと日々連携し、
学力不振、不登校などの中学生の悩みを聞き、中学生と保護者にゼミナール参加を勧めている。
学生スタッフとも常に連絡を取り合っている。
もし、全国のスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーが、これらのことを行えば、
児童虐待や不登校、非行の問題まで大きく改善できることは、
江戸川区の勉強会の25 年からも証明できている。
 
 どんなに学力が遅れている子であっても、

いや遅れている子どもであればあるほど、
すぐに社会に出るより、
高校3 年間学んで、遅れを取り戻し成長していくことが、
その子どもにとって “ 最善の利益” である。

 無職少年から無職中年への貧困の連鎖は、一人でも多く防がなければならない。
 高校へ進学し3 年間の就学をとおして、中学校までに十分身につけることのできなかった広い意味の学力と、
人と人とのかかわり方、社会のしくみ、人間としての生き方など
人格形成に必要な生活力を身につけることが重要である。
それは、今までに述べてきたとおり、国全体にとっても“ 最善の利益” となるのである。
 

七. 学習支援で心がけること
 

 私は、1980 年代後半
「江戸川中三勉強会」の立ち上げに参加するとともに、
2009 年から再び千葉県八千代市の中学生勉強会「若者ゼミナール」にスタッフとして参加しているが、
貧困の連鎖の防止という長期的な視点で、
ぜひ各地で経済的に塾に通えない子どもたちの中学生勉強会にとりくんでほしいと願い、

これから取り組まれる方に学習支援で心がけてほしいことを
次のとおり提案する。
 

① テキストはまずその子の持っている教科書・問題集を使用する
 わからなくなった箇所が分かれば中一、高一からさかのぼって使用する。

中学生に小学生の、高校生に中学生の教科書・問題集は使用しない。
② マンツーマンに近い状態で学習を支援する
 寺子屋はその子の進度に合わせて教えていた。

寺子屋の教え方で、人手が足りなくなったらボランティアを増やす。
③ 朗読・発声させて問題を解くなど子ども自身の学びを工夫する
 その日の中で、一つ「やった!」と実感できるものを。

まずその子の得意を知って、得意な問題からともに考える。
④ 地域や商店街のこと、学校のこと、自分の健康のこと、様々な情報を共有する

 進路についてその子が知っている範囲のことにプラス一点、情報を増やす。
メンバーが固定したところで交流会、料理教室やクリスマス会を開く。
⑤ 勉強会のスタッフはけっしていばらない。

子どもたちと対等な立場で接する
 退職教員でもよいが「先生」の意識で教えない。

「先生」の呼び方は勉強会では一切使わないこと、
学力不振、不登校の子どもたちは「先生」の言葉に恐怖心を
抱くことが多い。
 (「先生」意識がなければ高齢の私でも中学生に受け入れてもらえている)
⑥ 個々のスタッフ(ボランティア等)と子どものメールの交換は禁止のこと
 個々のスタッフは子どもから話がない限り、家庭事情を聞いてはいけない。

階層格差を感じさせること
(学生がマイカーで勉強会会場に来るなど)
がないように努めること。
通ってくる子どもの写真は撮ってはならない。
新聞等の取材でも子どもが判明できる写真は断ること。
⑦ 「学習支援」を営利目的にしない。ボランティアに徹する


 勉強会は、家庭環境による勉強の遅れをとりもどし、
将来の社会生活に必要な知識と生きる力を獲得していくためのものであり、学習塾とは異なる。

したがって、経費を集めてはならない。
問題集、参考書等の経費は市民・自治体の職員からの寄付の範囲とすること。
江戸川区の中三勉強会においても、

八千代市の若者ゼミナールにおいても、
この子らが集まる中で、当初の行政の心配は非行のたまり場にならないかなど深刻であったが、
参加してきた子どもの問題行動は25 年間、4年間をとおして一度もなかった。
 それは、これらの中学生一人ひとりにとって勉強会は一番安心できる貴重な居場所となっていることにある。
 

 もちろん、勉強会のスタッフが十分に気をつけていることでもあり、
各家庭に無事に帰ったかを確かめることも欠かせないことである。
とともに、勉強会に来る中学生が
「自分は勉強ができない、このまま社会にでたらどうしょう」
と強い不安を持っていて、
このままでは社会にでられないことを子どもたち自身がよく知っているからである。
それゆえに子どもたちは勉強会の場所を大切にしている。
 

 これらの勉強会は、国の補助事業の対象として、生活保護世帯、母子父子世帯等対象の制限をしているが、
それは営利目的の場と異なる子どもの居場所づくりとして、
やむをえないことである。

 さらに、これらのことを自治体等の「公」が行うことによって、
親にとっても、子ども自身にとっても、安心して通える場になっていることに特徴がある。
 

 八千代市で当初「子ども支援者養成講座」を開いて、一般市民から学習ボランティアを募った。
そのうちの一名は、熱心ではあったが、たった数回来ただけで、勉強会に来ている子どもの話を市内の自分の職場で話してしまった。
「ボランティアとしていいことをしている、そのことを話したい」
という思いもあったと思われる。
なによりも、プライバシーの保護が求められる子どもたちである。
これらの学習支援を試みられる方はこのことが鉄則であることを承知しておいてほしい。
若者ゼミナールはその後、
地元の大学の学生が学生スタッフとして中学生と対峙している。
 

八. 異文化の中で育つ子どもたちが参加してきて
 

 これらの勉強会には、最近新たな課題をかかえた中学生が増えている。
グローバル化と言われる日本企業のアジア諸国進出による国際結婚や
中南アメリカからの日系人二世・三世の帰国、中国残留孤児の二世・三世の帰国など、
子ども世界もグローバル化が進行してきている。
 

 日本に来る前後に子どもが生まれ、その後に日本人の父親と別れて母子世帯になった世帯で、
日本に帰化して年数がたっていないため、母親の多くは、日本語の習得も十分でなく、
日本での生活習慣もわからない。
子どもの勉強の進み方もわからず、
とうてい子どもの勉強への助言ができず、
進路についての相談相手になれないなどの悩みを抱えている。
 

 この勉強会はそうした異文化を共有する家庭の子どもたちが通う場ともなってきた。
市内の異文化の中で育つ子どもの多くが、この若者ゼミナールには参加してきている。
ちなみに、この市の生活保護受給母子世帯は約100世帯であるが、
生活保護受給母子世帯の約1/4 が異文化で育った母親たちである。
母親のふるさとは、タイ、べトナム、中国、フィリピン、ペルー、メキシコなど多様である。
異文化で育った母親の生活保護受給母子世帯の比率が高いのは、
異文化で育ち、まだ日本語がマスターできていない中で離婚して子育てしている母親の「就労」はより困難なためである。
 

 異文化の中で育つ子どもたちの多くが、ちょっとした疑問を持っても、その場では聞く人がいない。
学習支援のスタッフには、
身近に疑問を聞く人のいないこれらの中学生も受け入れて、個別指導に取り組むことが新しい課題として求められるようになった。
各地の中学生勉強会は、これらの子どもたちが貧困の連鎖に陥ることがないように積極的にウイングを広げていく必要がある。

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