2014年8月29日金曜日

Copy:スウェーデン福祉国家の変容-しなやかさを求めて

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スウェーデン福祉国家の変容-しなやかさを求めて
Changing Swedish Welfare State – toward a More Flexible Model

by
Kenji Suzuki
Working Paper No. 112
January 2001


日本語要約
本稿は、スウェーデン福祉国家の伝統的な特色について考察し、それが特に1990年代初めの経済危機以降どのように変化してきたのかを論ずるものである。


ここでは、経済危機を単に国家の発展の阻害要因として捉えるのではなく、むしろこれをテコにして伝統的な福祉国家モデルに内在する様々な弱点を克服してきたという点が強調される。
最近の良好な経済状況を背景としたやや楽観的な見方かもしれないが、21世紀初頭の現時点において、スウェーデンは「しなやかな福祉国家」として、社会経済的変化が激しさを増しているこの時代の要請に的確に対応した進化を遂げつつあると言えよう。

English abstract
This paper examines a number of traditional characteristics of the Swedish welfare state, and
discusses how they have been changed over time, especially since the economic crisis in the
early 1990s. It emphasizes that the country did not only suffer from the economic crisis and
recent environmental changes, but also took advantage of them to overcome various
endogenous weaknesses of the traditional model. While our observation might be skewed to
optimism reflecting recent economic success, Sweden seems to have gained its flexibility, which
looks more appropriate as a state model in the era of very changeable socio-economic
circumstances at the beginning of the twenty-first century.


スウェーデンレポート - スウェーデンで見た「福祉国家」の実態〔2011年6月13日公開〕
(スウェーデンの競争力が高く評価される要因としては、情報通信などのインフラの整備が進んでいることや法人税率が低いこと(日本の実効税率約40%、スウェーデン約26%)などが挙げられます。
またスウェーデンでは、企業間の競争はかなり厳しく、弱体企業が淘汰されることも頻繁であるといいます。
・・・
選挙は4年に一度行われ、その投票率はなんと80%以上に上ります。 )

 日本の将来のモデルの韓国

1.福祉国家の概念
 福祉国家とは、一般的には「国防や治安の維持にとどまらず、医療・介護など何らかの社会サービスの供給を通じて、国民生活の向上を目指す国家」である。

このような国家が本格的に登場してきたのは20世紀に入ってからであるが、「福祉国家」という語を用いると用いないとにかかわらず、この定義に照らせば、現在少なくとも先進資本主義国と呼ばれる国々のほとんどは福祉国家であるといえる。

 ところが実際には「福祉国家」という語は、しばしば社会サービスの供給における国家の役割が大きい国々について用いられてきた。

ただし、福祉国家であるか否かを分ける絶対的な基準が存在するわけではないから、ある特定の国家が福祉国家であるか否かを述べることは非常に困難である。

 しかし相対的にみて、ある国家(群)が他の国家よりも社会サービスの供給に大きな役割を果たしている、つまり「より福祉国家的である」ということは可能である。
このような視点から、先進資本主義諸国を相対的な指標で分類した代表的な研究にエスピン―アンデルセンの「福祉資本主義の3つの世界」(The Three Worlds of Welfare Capitalism)(Esping-Andersen,1990)がある。

彼の分類には必ずしも批判がないわけではないが(例えば Kangas, 1994; Ragin, 1994)、
今日最も広い支持が得られている研究の一つである。

 さて、彼は18の先進資本主義国家について「脱商品化」(decommodification)と「階層化」(stratification)という2つの指標からの類型化を試みている。


「脱商品化」とは、国民が労働市場における商品としての立場から脱却することを国家がどの程度支援しているのか、すなわち国民が定年、傷病、その他の理由で労働市場から離脱しなくてはならなくなった時に、それによって生ずる不利益を国家が緩和する度合いを示している。

また「階層化」は「普遍化」(universalization)と対になる概念で、国家の福祉政策の介入が社会階層による国民の分断をどの程度維持・促進しているのかを示している。

彼はこれらの指標を用いて、

階層的ではないが脱商品化の程度が低い「自由主義型」、
脱商品化はある程度進んでいるが、階層化が強く維持されている「保守主義型」、
脱商品化と普遍化の程度が共に非常に高い「社会民主主義型」の3つの福祉国家類型を導き出した。
なおこれら三つの型は、社会のいかなる部門が社会サービスの主な担い手として想定されているかによる分類にもなっている。
すなわち「自由主義型」は
市場が、「保守主義型」では家族が、「社会民主主義型」では国家がそれに当たる。
彼によれば「自由主義型」にはアメリカ合衆国やイギリスが、

「保守主義型」にはドイツ・イタリアを典型とする大陸ヨーロッパ諸国が、
そして「社会民主主義型」には
スウェーデンを典型とする北欧諸国が含まれる。

なお日本については、いずれの型にも典型的には当てはまらない「雑種」であり、大きく分類すれば保守主義型に属する、とされる(Esping-Andersen, 1999: 和訳135-137)。

 さて、上記3つの類型の中で一般に広く「福祉国家モデル」として認知されている
のは3つ目の「社会民主主義型」である。

本稿では、その典型とされるスウェーデンが、近年の環境変化の中で福祉国家の最先端と呼ばれる国がいかなる変化を遂げてき
たかを明らかにし、21世紀における「福祉国家モデル」の姿を展望したい。


 以下では、まず次節において社会民主主義型福祉国家モデルの特徴を把握し、スウェーデンにおける具体例を概観する。

第3節では、第2節で挙げたモデルの特徴を踏まえて、近年の環境変化の中で次第に鮮明化してきた問題点について考察する。
さらに第4節では1990年代に北欧諸国を襲った経済危機と、スウェーデンにおいてその後に生じた変化を観察する。
第5節ではその変化についていかなる評価を与えるかを議
論し、第6節で多少の理論的な解釈と将来への展望を加え、本稿の結びとする。


2.社会民主主義型福祉国家モデルの構成要素
 スウェーデンに代表される社会民主主義型福祉国家の第一の特徴は、老齢年金、傷病手当、失業手当といった各種の福祉サービスが、低所得者層のみを対象とした最低限の救済措置としてではなく、全ての市民を対象とし、高い水準で給付されてきたことである。

また児童保育や高齢者介護などの負担についても、公的部門が積極的に引き受けることで市場や家庭への依存度を低く抑えた。
これらの積極的な公的介入は、
社会民主主義型福祉国家において、先に述べた「脱商品化」と「普遍化」の促進を明確に意図してきたものとされる。


 さらに「普遍化」の促進と密接に関連して、完全雇用の達成がしばしば強く意識されてきたことも、社会民主主義型福祉国家の大きな特徴である。

完全雇用への政策的誘導は、就労を社会的権利・義務として尊重するという理念的な要請のみならず、失業者への手厚い福祉サービスを極力回避するという実際的な要請があった。
確かに、1970年代以降の低成長経済下において多くの欧米諸国が大量の失業者の発生に悩むのをよそに、北欧諸国は日本と並び一九八〇年代まで比較的低い失業率を維持してきた。
その理由の一つは、公共部門の拡大による女性を中心とした労働力の吸収である。

しかし低失業率を支えたより根源的な要因は、産業構造調整の比較的スムーズな進展による基本的な経済成長力の維持にあった。

 ここで大きな役割を果たしたのは、中央集権的な労使協調政策であった。

1970年代においては、財政出動による積極的な景気の刺激が雇用促進に有効であると考えられたが、これだけではインフレを招き、かえって失業率が増加するおそれがあった。
そこでインフレにつながるような労働者の賃金上昇要求を手控えさせたり、産業活動をより効率的にするようなミクロ的な構造調整を併せて実施することで、低失業率と安定成長を同時に達成することが求められたのである。
これはオイルショック後の高インフレ・低経済成長に悩む先進資本主義国の共通の課題であったが、
イギリスやアメリカが産業合理化の促進や賃金インフレの抑制の局面で労働者の激しい抵抗にあってこれと対決、弾圧したのとは対照的に、
北欧諸国では中央集権的に組織された労使協調体制を基盤として、宥和的な形で産業合理化の促進や賃金インフレの抑制を進めることができた。
ちなみに丸尾はこれを「北風政策」と「南風政策」の対比で評した(丸尾, 1990: 21)。

 このように、伝統的な社会民主主義型福祉国家においては、高水準・普遍的な福祉サービス、国民の高い税負担、完全雇用への努力、産・労・公の中央集権的な協調体制といった要素が、相互補完的に組み合わさっていた。

これらはそれぞれ異なる側面の特徴を示しているが、いずれも社会における積極的な国家の役割を志向している点で共通している。
また社会民主主義型福祉国家モデルの重要な要素として、その名が示すように、1920年代から近年までの期間の大部分で社会民主党が議会第一党の地位にあり、政権与党として政局をリードしてきたことを忘れてはならない。

 以下では社会民主主義型福祉国家モデルの具体的なイメージをつかむため、スウェーデンのケースについて、社会民主主義型福祉国家モデルを構成する諸要素を詳しく見ていこう。


 まず福祉サービスについては、ここで多岐に渡る内容を全て紹介することはできないが、例えば年金、医療費についてみると、1980年の時点において、私的年金の割合は6%、医療費の支出にかかる民間負担の割合は7%であった。

日本における同様の数値がそれぞれ23%、28%であることを考えれば、スウェーデンにおける公的負担の比重の高さが理解できよう(Esping-Andersen, 1990:70)。
また労働者の傷病給付、失業給付、年金給付の平均カバー率は90%(日本は63%)、各給付額の上限と下限の差より割り出された便益均等性(0以上1未満、数値が高いほど均等)は0.82(日本は0.32)と、
いずれも同国の福祉サービスの高い普遍性を端的に示している。
なお1970年代にスウェーデンにおける社会保険料納付の本人負担が廃止されたこと、
退職年金の小額受給者、非受給者に対する補助年金制度が設けられたことにも留意されたい。
また出産・育児休暇とそれに伴う収入補償の整備も進み、
一九七四年には給与の90%が補償される九ヶ月間の育児休暇を導入するに至った。

これらの様々な給付がもたらす所得再分配効果は大きく、
例えば1980年における就業形態別の収入をみると、最も収入の高い「民間管理職」でも平均収入の2倍に満たず、
逆に最も収入の少ない「小農家・林業従業者」でも平均収入の七割以上を確保していた(Erikson and Åberg, 1987: 150)。

 雇用については先に述べたように、スウェーデンは1970年代から1980年代にかけてノルウェーと並び先進資本主義諸国の中でもとりわけ低い失業率を維持した。特に1980年代の2.5%という失業率は、日本とともに先進資本主義国の中で最も低いものであった。




 中央集権的な労使協調体制についても、スウェーデンにおいて典型的な発展をみた。

その最初の契機は、1938年にスウェーデン経営者組合(SAF)とスウェーデン労働者組合(LO)との間で結ばれたサルトシェーバーデン協定である。
同協定自体は象徴以上の意味を持たなかったが、これ以降、労使それぞれの側でSAF、LOを核とした協議体制が整備され、
それまで世界的にみて最も対立的であった労使関係が、逆に最も協調的なものに変わった(Olsen, 1998:343)。
1950年代には、この労使協調体制を基盤として、個々の企業の利益率に関わらず同業・同種の労働における賃金を同一とする「連帯的賃金政策」が提唱され、実行された。
これは社会民主主義型福祉国家の理念としての普遍主義の考え方に合致するのみならず、
高利益の企業の単位労働コストを抑えることでこれらの企業の雇用を促進し、低利益の企業からの人的資源の移動により経済全体の効率化を図る有効な手段となった
(ちなみに、この「連帯的賃金政策」を1つの柱とする福祉国家の経済政策モデルは、提唱者の名前を取って一般に「レーン=メイドナーモデル」と呼ばれる)。
さらに1960年代以降には、異業種間の賃金の平準化が進められるとともに、労使間のみならず政府機構との連携が進んだ。実際、1980年代の初めにはSAF側から約5,000人、LO側から1,000人以上の代表者が、600以上の政府委員会に参加していたと言われている(Arhne and Clement, 1992: 467)。

 最後に、この体制を支えたスウェーデン社会民主党の動きについて触れておこう。

1970年代半ばまで、スウェーデン社会民主党は北欧諸国の社会民主党の中でも最も成功したと言われてきた(Alestalo and Kuhnle, 1987:33)。
1917年に自由党との連立政権で初入閣し、1920年代に数度の単独政権を経験した後、1932年以降1976年まで長期単独政権を築いたのであった。
もちろん社会民主党の政治的方針が常に一貫していたわけではないし、その政策の多くが政局や妥協による戦略的産物であることには注意しなくてはならない(Esping-Andersen and Korpi, 1987; 宮本,1999)。
しかし、社会民主党への長期・安定的な社会的支持が社会民主主義型福祉国家モデル形成の基盤となっていたことは疑う余地がない。

3.社会民主主義型福祉国家モデルの内在的問題

 社会民主主義型福祉国家の近年の変化について論ずる時、多くの論者は現在の問題点を強調するあまりに、過去のモデルを美化してしまう傾向がある。
しかし、社会民主主義型福祉国家モデルはもともと内在的に様々な問題点を抱えていたことを忘れてはならない。
ここでは、1990年代の初めに構造改革を目指してストックホルム大学国際経済学教授のリンドベックを中心に組織された委員会が掲げた「安定性」「効率性」「成長性」「民主性」という四つのキーワードを念頭に置きつつ、社会民主主義型福祉国家モデルの問題点について考察しよう(Lindbeck et al., 1994)。

 まず、高度で普遍的な福祉サービスはいくつかの問題点を抱えている。

その第一は、高度な福祉サービスが国民の労働意欲を減退させる可能性がある、ということである。
年金、傷病手当、失業手当などの種々の福祉給付のあり方が労働意欲にいかなる影響を与えるのかについては、これまで多くの分析がなされ、その全てが必ずしも労働意欲への悪影響を指摘しているわけではない(Aronsson and Walker, 1997: 247)。
しかし例えば傷病手当について、国際的に寛大な給付を行うスウェーデン、ノルウェー、デンマークにおいて欠勤率が高い傾向が見られるという研究(Esping-Andersen and Kolberg,1992)や、
スウェーデンにおいて傷病手当の水準と欠勤率との関係を時系列でみた場合に、明らかな相関関係が認められるという研究(Gustafsson and Klevmarken, 1993:95)があることを鑑みれば、
手厚い給付が全く影響を与えていなかったということもできない。
実際、北欧諸国における国内総生産の年平均成長率は1960年代前半には5.0%であったが、1970年代後半には2.9%、1980年代後半には2.2%と、1990年代のバブル崩壊以前から経済成長は徐々に低落傾向にあった。

 なおこうした議論に対して、成長性の低下は何も社会民主主義型福祉国家に限られたことではなく、産業構造が高度に成熟化した先進資本主義国に共通した現象であるという主張もある(Korpi, 1996)。

しかし問題は他国との比較にあるのではない。
社会民主主義型福祉国家が高い経済成長率を前提とした制度に依拠している以上、内発的にその成長性を維持できるような体制になっているべきであり、そうでないことが問題なのである。

 高度で普遍的な福祉サービスが抱える2つ目の問題点は、福祉関連分野を中心とした公共部門の割合が増大したことである。

公共部門の拡大は、特に高齢化の進展と経済成長の鈍化が顕著になってきた1960年代後半から1970年代後半において著しく、
北欧4国における公的部門の総雇用者数は、1966年の133万人から1985年の314万人と20年間に約2.4倍の増加をみた。
全就業人口に占める公共部門就業者の割合も、スウェーデンでは1980年代に3割を超えた。
なおローゼンが指摘するように、スウェーデンにおいてこの増加をもたらしたのは、地方自治体における女性の雇用であった。
1960年代以降、民間部門と中央政府部門の被雇用者数は男女を通じてほとんど変化がなく、地方自治体についても男性の被雇用者数には特に際立った変化が見られない中で、地方自治体における女性の雇用のみが突出して増加していた(Rosen 1997)。
この点は、男女の雇用均等を促進するという意味で積極的な評価を受けることが多いが、部門による偏りを固定化してしまったという意味では、真の平等に貢献しているといえるかは自明ではない。

 さて、公共部門の割合の増加はいくつかの問題を生み出した。その第1は高い租税負担である。

1965年の北欧諸国における租税負担率(租税収入の対国内総生産比)の平均は31%と、当時のOECD平均(26%)を多少上回る程度であったが、
その後北欧諸国における租税負担率は急速に上昇し、1985年には46%とOECD平均(35%)を大きく上回っていた。
スウェーデンの例についてリンドベックらが指摘するように、このような税収システムは「経済的インセンティブを歪め、資源の浪費を招いた」(Lindbeck et al., 前掲:100)と考えられている。
また公的部門における支出が税収では賄い切れなくなった結果、政府債務の増大と、政府債務における対外債務の割合の増大を招いた。
こうした多大な債務が国民経済に対する「安定性」を徐々に低下させていったのである。

 さらに、従来の公共部門におけるサービスは、多くの場合、価格競争にさらされず独占状態にあり、またコスト削減努力に対する評価方法なども確立していなかったことから、「効率性」が低いという問題を抱えていた。

ただし「効率性」の問題は公共部門に限った問題ではなく、民間部門においても大きな問題であった(Statens Pris och Konkurrensverk 1991)。

その原因の一つは、スウェーデンが小国ゆえに国内市場が小さく、その中でもともと寡占や独占が生じやすい環境にあったことである。
しかし、政府規制が市場への新規参入を制限したり、社会民主主義的な発想のもとで自由市場競争よりも規模の経済や市場の安定が重視され、独占やカルテルが積極的に容認されていたことも忘れてはならない(Blomström and Kokko, 1995; Miles, 1995: 177)。
いずれにせよ、経済の国際化が進み産業の効率化、国際競争力の強化が国民経済の発展に不可欠であることが明らかになるにつれ、従来の方針が次第に疑問視されるようになっていった。

 最後に「民主性」の観点から、社会民主主義型福祉国家における意思決定方式の特徴である、公・労・使の中央集権的な協調体制の問題点について触れておこう。

前節で述べたように、この協調方式が多元主義的な対立方式よりも良い成果を挙げた局面があったのは事実である。
しかし1970年代以降、その体制は徐々に揺らぎを見せることとなった。
これはスウェーデンにおいては、1970年代後半から1980年代前半にかけての労働者側の急進化と使用者側の分裂という形で表れた。
まず労働組合側では、経済の低成長が続く中、労使の妥協的な意思決定への不満が爆発した形で、労働者による企業資本の直接的なコントロールを目指した急進的な「労働者基金」の設立が唱えられた。
これは結局1982年に実現するが、制定の過程でかなり形骸化され、また時限的措置とされたことは、いくらスウェーデンでもこの構想が行き過ぎであったことを示していた。
他方、使用者側ではかねてから中央集権的な意思決定方式に不満を募らせていた金属連盟が1983年にSAFによる交渉から離脱するという事件が起こり、これを契機に交渉の枠組みの多元化が急速に進んだ(Elvander, 1988)。

 以上のように伝統的な中央集権的協調体制が解体に向かった主な背景としては、オイルショック以降「大量生産の時代」が終焉し、労働条件の比較的画一的な旧来のブルーカラーが労働者の中核をなすという構図が崩れてきたこと、

また国際競争が激化する中で、貿易への依存度が高い企業や多国籍企業とそれ以外の企業との間で関心のギャップが拡大したことが挙げられる。
ただし、その原因は外部環境の変化にのみ求められるものではない。
すなわち、伝統的な意思決定方式にはもともとインフォーマルな妥協による決定の帰結として不透明さや不安定さの弱点を本質的に抱えており(Grant, 1985: 7)、
むしろ高経済成長などの様々な条件が整った時にのみ成立しえたものであった。

そもそも、全ての国民による透明かつ公正な手続きによって選ばれたわけではない産業界や労働組合の代表が、全ての国民に責任を持つべき政府に対して必要以上にインフォーマルな発言権を得るという体制は、民主性という点で問題を含んでいたといえよう。


4.バブル崩壊、経済危機と1990年代の変化
 日本では一部の専門家以外あまり知られていないことであるが、北欧諸国、特にデンマークを除く3国では、1980年代後半から1990年代にかけて不動産バブルとその崩壊、そして深刻な金融システム危機に見舞われた。

その結果、反動がやや早く訪れたノルウェーでは1988年に、
スウェーデンとフィンランドでは共に1991年から1993年にかけての3年間に連続して
マイナス成長を記録した。
これに歩調を合わせて失業率も大幅に上昇し、1960年以降それまで2%前後を維持してきたノルウェーとスウェーデンの失業率がそれぞれ平均5%(1989~97年)、平均8%(1993~97年)を記録した。
またフィンランドはもともとそれほど失業率が低かったわけではないが、ソビエト連邦の崩壊と経済混乱が同国への輸出不振を招いたこともあり、
失業率が平均17%(1993~97年)にまで達した。
このような経済の混乱は従来の社会民主党路線の動揺という形で政治的な混乱にもつながり、1980年代後半以降、上記3国のいずれにおいても社会民主党政権と保守中道政権の頻繁な交代が見られた。

 こうした背景のもとで、従来の社会民主主義型福祉国家モデルがいかなる変化を遂げてきたかを、スウェーデンについて具体的に見てみよう。
まず福祉サービス給付の削減については、先に述べたようにとりわけそのマイナス面が広く認識されていた傷病手当に手がつけられた。
具体的には、まず1991年に手当の給付水準が下げられ、1992年には傷病後2週間の手当を傷病賃金として雇用者に支払わせる形で公的負担を軽減した。
さらに1993年には待機日を導入し、被雇用者への給付を日延べする措置を取った。
失業給付についても、バブル崩壊後の高失業率により公的負担が大幅に拡大したのを受けて改革の機運が高まり、給付要件の厳格化や再就職支援のためのプログラム強化につながった。

 年金制度についても大幅な改革がなされた。

年金については、1980年代に既に制度破綻の可能性が指摘されていたが、意見のまとまりがつかず改革が難航していた。
しかしバブル崩壊以降、経済危機や財政破綻が深刻化する中で急速に改革の機運が高まり、1994年に主要政党が改革を合意、1999年から実施されることとなった。
新しい年金制度は、基本的に全額を報酬比例とすることで労働者の報酬に対するインセンティブを高め、また確定給付型から確定拠出型にすることで将来のリスクに対して柔軟に対応できるようになった。
さらに積立方式の保険料率を賦課方式の保険料率から分離し、各世代の拠出料がその世代の年金額に反映されることで、世代間の不公平感の軽減を図った。
ただし、依然として公的年金を軸とした制度であることや、
結果として小額の年金しか得られない者に対して保証基礎年金という「年金」を支払う点で、
日本のように公的年金の比重が小さく、低所得高齢者に対してはあくまで「生活保護」で対応する国とは異なっている点には注意しておきたい。
なお福祉サービスの提供に関して、1992年に高齢者ケアについて実施されたエーデル改革のように、地方自治体間の責任体制の抜本的な改革により効率化を進めるなど、
サービスの質の低下を防ぎつつ公的支出を抑える努力がなされていることにも注目しておく必要がある(エーデル改革については、例えば斎藤, 1994を参照)。

 こうした福祉サービス改革に歩調を合わせる形で、公共部門における雇用者も1990年の144万人をピークに減少し、1999年には1980年以前のレベルとなる126万人となった。

政府債務についても、バブル崩壊直後における失業者の増加と高齢化による年金受給者の増加、経済停滞による税収の悪化などにより1990年代前半に急増した分を全て挽回したとは言えないものの、2000年における政府債務の対国内生産比は59%(2001年予算案による見込み)と、一時期の最悪の水準よりも大きく好転した。

 民間部門に対しても、経済危機を契機として1991年の税制改革における法人税率の引き下げや、情報通信技術関連産業の積極的な育成支援など、産業競争力強化のための環境作りを目指して様々な努力がなされた。

また競争政策の抜本的な強化改正、郵便事業・通信事業・運輸事業などの民営化や規制緩和は、国内市場を競争的にし、経済活性化を図るものであった。
そしてこうした努力のかいあってか、1990年代後半期(1995年~1999年)には1%程度インフレ率のもとで平均成長率3%という、1980年代後半のバブル期とは対照的な「インフレ無き成長」を実現するに至った。
これが一時的なブームに過ぎないのか否かは将来の判断に委ねられるが、少なくともこれまでの状況から見ると、リンドベック委員会が掲げた「安定性」「効率性」「成長性」について、相当な前進があったと見てよいと思われる。

 また、1980年代には既にほころびが目立ちはじめていた公・労・使の中央集権的な協調体制は、バブル崩壊とともに一気に解体へと向かった。

1990年にはSAFが将来の政府委員会への委員派遣の取り止めを決め、その翌年には中央集権的な交渉を撤廃すると宣言した。
さらに1993年には金属連盟が産業部門ごとの交渉から個別企業ごとの交渉への転換を主張しはじめるなど、より分権的な方向へと向かっていった(Visser,1996)。

 なお1990年代の政治的意思決定における重要な変化として忘れてはならないのは、
それまで体制を支えてきた社会民主党への支持の低下である。

1991年選挙で戦後最低の得票率(37.7%)となったのは、バブル崩壊を招いた政府への批判票を考えればある程度理解できるものであるが、
経済危機を乗り越えた後の1998年選挙においてこれを下回る結果となった(36.4%)ことは、それまでの社会民主党を軸とする体制が新たな方向に進みつつあると見ることができよう。

5.近年の変化に対する評価-福祉国家は衰退したのか
 近年の福祉国家の変化に対する評価は様々な形で分類することができる(例えば宮本1999: 247-273)が、

評価の対象を社会民主主義型福祉国家に限定した場合、これまで社会民主主義型福祉国家に特徴的であった国家運営のあり方が失われつつある、
つまり他の先進資本主義諸国のスタイルに収斂しつつあるという「福祉国家衰退論」的立場と、
社会民主主義型福祉国家はあくまで自らのスタイルを堅持しているという「福祉国家維持論」的立場に二分することができる。

 「福祉国家衰退論」は、新自由主義イデオロギーの発信源となったアメリカ合衆国やイギリスでは早くから優勢であったが、社会民主主義型の北欧諸国においては、少なくとも1980年代までは「福祉国家維持論」もそれなりの説得力を有していた。

しかし前節で見たバブル崩壊とその後の様々な変化は、「福祉国家衰退論」者の主張を一気に強めることになった。
すなわち、もともと福祉国家の維持に懐疑的な「福祉国家衰退論」者にとっては、北欧諸国の経済危機と社会混乱は自らの議論の正当性を示す格好の材料となったのである(例えばGould 1993)。

 確かに、肥大化した公共サービスを維持した結果として政府債務、特に対外債務が膨張し、これが金融危機をより深刻にしたことは否定できない。

また、妥協的な労使交渉システムが低成長経済の局面で賃金インフレを増長させる結果となり、重い租税負担とともに大きなコスト圧力となって産業競争力を低下させたことが回復の足かせとなっていたのも事実である。

しかしスティーブンスや宮本が指摘するように、1990年代の経済危機の主因を北欧諸国の福祉国家としての根本的性格に求めるのはやや短絡的ともいえる(Stephens 1996: 33; 宮本 1999: 190-191)。

北欧諸国の経済危機の主因は、日本や他の欧米諸国と同様、好景気と金融規制緩和を背景に銀行が不動産購入ローンを不用意に拡大した結果バブルが膨らみ、限界に達したところでその反動が急激に生じたことが原因であり、
通常その主因は金融規制緩和に対応しきれなかった金融システムの未成熟さに求められる(IMF 1998)からである。
もちろん、金融システムが未成熟であった背景には社会民主主義型福祉国家が長らく自由競争よりも規制を重んじてきたことがあるし、また中途半端な税制改革が不動産への無謀な投資を刺激したことも事実である。
だが金融規制緩和や税制改革の失敗は福祉国家に内在する問題から発生したというよりも、むしろ伝統的なモデルの改良を試みた過程で起こった政策技術上の失敗であったと考えるべきであろう。

 さらに、近年の経済危機が福祉国家体制にとって悪であった、という単純な見方を排することも肝要である。

すなわち、伝統的な社会民主主義型福祉国家には様々な潜在的問題を抱えていたが、それらの問題を誰もが納得できる形で示すことは難しく、
また制度の硬直性や既得権益の存在により、抜本的な解決は極めて困難であった。

そのような状況の中で、近年の経済危機は、既存路線に固執する勢力の抵抗を抑え、それらの問題を一気に解決する良い契機を提供した、と考えることもできるのである。
特にスウェーデンにおいては、経済危機が欧州連合(EU)加盟に果たした役割は非常に大きかった。

1994年11月の国民投票は賛成52%、反対47%の僅差であったが、賛成派の67%が「経済」をその理由に挙げていた(Aftonbladet
1994年11月14日)。

そしてEU加盟は、他の加盟国との政策的調和や将来の通貨統合に当たっての財政支出の削減といった「外圧」として機能することにより、経済危機とともに既存制度の硬直性を打破するためのさらなる推進力となっていたと言える。

 なお中央集権的な体制の解体や最大政党の支持の低下は、しばしば「安定性」の低下を示すものとして論じられるが、必ずしもそうとは言えない。

第4節で論じたように、中央集権的な体制がそもそも極めて限定的な条件のもとでしかうまく機能しないのであれば、その体制が問題を抱えながら維持されているのはかえってシステム全体を不安定にする要因となりうる。
また社会民主党が政党としてどの程度の能力を有しているかはさておき、最大政党が常に強力であることが安定性や民主性の条件になるわけではない。
むしろ軸となる政党が強すぎないことで、その政党が独善に陥らず、連立政権のパートナーや野党の意見を広く取り入れる形で安定性を増すという可能性もある。
実際、スウェーデン国民が自国を住みやすいと感じているか否かという世論調査において「大変住みやすい」という回答の割合を見ると、
経済危機の時期にいったん落ち込んだものの、
その後は様々な社会サービスの削減、社会民主党への支持低下とはうらはらに回復傾向にある(Stütz, 2000: 28)。
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つまり、政治的にも経済的にも国際化が進展し、福祉国家体制を取り巻く環境の変化が以前よりも激しくなっている現在の状況化では、制度の硬直化に結びつくような形式的安定よりも、柔軟性が増した現在の意思決定体制の方がむしろ優れているという解釈も成り立つ。

 以上の状況を鑑みれば、近年の変化をもって単純に「福祉国家の衰退」と結論付けるのは早計であろう。

確かに伝統的な社会民主主義型福祉国家としての独自性は減少し、その意味では「福祉国家維持論」も妥当ではない。
しかし、国家が経済危機をてこにしてそれまで蓄積してきた課題を解決してきたと考えれば、近年の変化を国家の持続的な発展の表れとして捉えることも可能なのである。

6.結び-制度論的解釈と将来の展望
 本稿では、まず第1節で福祉国家の概念に関する議論を整理した後、第2節で社会民主主義型福祉国家に属する北欧諸国、特にスウェーデンの例について、

高水準・普遍的な福祉サービス、
国民の高い税負担、
完全雇用への努力、
産・労・公の中央集権的な協調体制、
社会民主党を軸とした政権運営
といった伝統的な社会民主主義型福祉国家の特徴を明らかにした。
そして第3節で伝統的な社会民主主義型福祉国家が内在的に抱えていた問題点を指摘し、
第4節で1990年代の経済危機を契機として、伝統的なモデルに様々な変化が生じていることを示した。
さらに第5節では、この変化をいかに評価すべきかについて、近年優勢である「福祉国家衰退論」に懐疑的な立場から考察を加えた。

 最後に本稿の結びとして、

やや理論的な解釈を加えておきたい。
1980年代までの社会民主主義型福祉国家においては、
一度確立した制度や方針を変更するのは、
たとえその変更が合理性に適ったものであっても非常に難しい、
という新制度論の主張に極めて合致した動きを見せていた
(新制度論については、例えばSteinmo et al., 1992を参照)。
そして、1990年代の経済危機を契機とした一連の変化は、制度が一般的に安定・硬直であるがゆえに、
その均衡的な発展は漸進的に達成されるものではなく、
何らかの大きな外的ショックにより引き起こされる断続的な変革によってもたらされるという、
クラズナーの「中断的均衡(punctuated equilibrium)」(Krasner,
1984)モデルを体現していたということができる。

つまり、近年の経済危機とその後の変化は、
それまでの歴史からの逸脱のプロセスであったのではなく、
むしろ制度の硬直化が行き過ぎて環境変化とのギャップが致命的となるような逸脱からの回避のプロセスであった、
という解釈である。
もちろんこの解釈を強調しすぎるのは好ましくないが、
近年の福祉国家の姿を安易に「衰退論」によって理解するのも好ましくない、というのがここでの見解である。

 だがこうした見解は、現在のスウェーデン経済の好調さを反映してやや楽観的に過ぎるという指摘もあろう。

確かに最近の変革が本当に良い結果をもたらしているか否かを判断するのは現時点では不可能であり、後世の判断を待たねばならない。
また新制度論や「中断的均衡」が福祉国家にとって良い面ばかりを示唆するわけではない。
スウェーデンの国家制度が以前と比べてより柔軟になったとしても、不断の努力を怠ればすぐに硬直化する。

これは福祉国家に限られたことではないが、
国家が将来の危機を回避しつつ、その持続可能性を進展させるのは多大なる努力が求められる。
しかし少なくとも21世紀初頭の現時点において、
スウェーデンは「しなやかな福祉国家」として、社会経済的変化が激しさを増しているこの時代の要請に的確に対応した進化を遂げつつあると言えよう。

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