2014年6月19日木曜日

Copy児童買春・児童ポルノ禁止法案の改正論議によせて

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児童買春・児童ポルノ禁止法案の改正論議によせて
(社会学者の宮台教授によるコメント:2003年頃のコメント
2014年6月19日に当ブログにコピー)

【児童買春・児童ポルノ法案に関わるロビー活動の意図】
■はじめまして。宮台真司と申します。社会学博士で、東京都立大学で社会学を教えています。
児童買春・児童ポルノ禁止法の成立にあたっては、原案に幾つかの問題を感じ、これから申し上げる四点での修正を議員さんたちにお願いするロビー活動をした当事者です。


■第一に、法案から健全育成の文言を削除すること。第二に、単純所持を規制対象から外すこと。第三に、被写体の特定できない絵や漫画を規制対象から外すこと。第四に、規制対象の重なる地方条例を失効させること。ほぼ全体としてお願い通りになりました。

■法律には三年後の見直し作業がうたわれておりますが、三年が経とうとする今、第二点(単純所持)と第三点(絵や漫画)が、見直されるべきだとの意見が、一部から出てきています。かつてのロビー活動の当事者としては、こうした意見に反対せざるを得ません。

【秩序の利益か個人の利益か】
■最初に先の四点を議員さんたちにお願いした理由を述べます。健全育成の文言を削ってもらったのは、立法目的すなわち保護法益(法律が保護する利益)が、秩序の利益ではなく、個人の利益であること、すなわち人権保護を目的とすることを、明示するためです。

■成熟した社会では、人々の生き方は多様になります。何が良き家族なのか、何が良き友人関係や恋人関係なのか、何が良きセックスなのかは人それぞれになる。健全と不健全の区別を政治権力が行うのは不自然で、合意された人権を侵すものだけを問題にすべきです。

【単純所持とはどういう事態か】
■単純所持を規制対象から外してもらったのは、恣意的運用の可能性があるからです。恣意的運用の可能性があれば、いわゆる別件逮捕のために使われる恐れが大になります。オウム真理教信者らに別件逮捕が乱発されたように、日本の警察は頻繁に別件逮捕をします。

■加えてIT化によって単純所持の意味が曖昧になります。当時既にポルノグラフィーの享受は、雑誌からインターネットに移動しつつありました。ネットでポルノを閲覧したあとウェブブラウザに残るキャッシュは、事後的に再生できます。これは単純所持なのか。

【絵や漫画は人権を侵害するか】
■絵や漫画を規制対象から外してもらった理由は複数あります。まず、絵や漫画が間接的にしろ人権を侵害すると言える論拠が自明ではない。見た人が不愉快になるならゾーニングすればいい。漫画が犯罪を誘発するという証拠もしくは推定根拠も示されていません。

■そもそも学問の世界では、暴力的メディアが子供を暴力的に育てる、性的メディアが子供を性的に育てるという「強力効果説」は認められていません。認められているのは、短期的な摸倣可能性と、元々暴力的性格の人間に引き金を提供する類の「限定効果説」です。

■引き金の含意は、ソレが引き金を引かなくても、別のものが引くだろうということです。だから引き金要因に注意を奪われることは、火薬の装填という本質的要因を覆い隠し、責任転嫁することを意味する。それが限定効果説を提唱したクラッパーが述べたことです。

【子供ふうキャラは子供なのか】
■絵や漫画を規制対象から外してもらった第二の理由は、やはり恣意的運用の可能性。日本の漫画文化の伝統の問題が背後にあります。その伝統では、人妻が描かれるときでさえ、目が大きくて挙動が幼い「子供ふうキャラ」になります。これは子供なのか大人なのか。

■同じ「子供ふうキャラ」でも、ストーリーで大人だと示されたり子供だと示されたりする。曖昧なまま放置される場合もある。ということは、子供が描かれているではないかとの意図的な誤読もできる。誤読を避けるべくカッコ18歳などと但書をつければOKなのか。

【地域住民の道徳保護運動に引きずられるな】
■地方条例の重複部分の効力停止の目的は、自治体の条例が、地域住民の声で作られたせいで、人権を守ることではなく、道徳的に良い秩序を守ることを保護法益としているのを、人権を守ることを保護法益とした国家レベルの法律でオーバーライトしてしまうことです。

■しかし、その後の運用を見てみると、児童買春に関わる規定はほぼ効力停止になりましたが、児童ポルノに関わる部分は各自治体ごとに「有害」図書規制が行われており、青少年有害社会環境対策基本法(自民党案)が国会を通過すれば、それは更に強化されます。

【法律施行後の社会の動き】
■今踏み込みかけましたが、約三年たって、どういう社会変化があったでしょう。見直し云々はその変化を踏まえたものでなければなりません。中高生の援助交際は、法律とは無関係な理由で激減しています。詳細は別著に譲り、ここは児童ポルノに集中しましょう。

■気になる動きが四つあります。(1)インターネット化の更なる進展。(2)パソコンゲームの中での性的発露の進展。(3)テロ事件以 降の公安活動の上昇。(4)それに関わるが、他の法律(個人情報保護法・改正住民台帳法・青少年有害社会環境対策基本法)の成立可能性です。

【規制強化が危険である理由】
■(1)インターネット化の進展(利用者増大、ブロードバンド化…)は、単純所持概念の曖昧化を押し進め、単純所持規制導入後の恣意的運用の危険を増大させています。これは、(3)テロ事件以降の公安活動の上昇を視野に入れた場合に、とりわけ問題になることです。

■(2)パソゲーの中での性的発露(マスターベーション的欲求充足)の進展は、キャラクター中心のメディアセックスと、生身のセックスとの分離を押し進めています。詳しくは東浩紀氏に譲るが、これは私が考えていなかったロリコン概念の曖昧化をもたらしています。

■ゲームや漫画に描かれた「女子高生」に性的に惹かれるロリコン漫画の読者と、現実の第二次性徴前の少女に惹かれるペドファイルとは必ずしも重ならないのです。そこにはメディアセックスと生身の分離以外に、制服に代表されるフェティシズムの問題もあります。

■(4)今回の児童買春・児童ボルノ禁止法の改正案が、青少年有害社会環境対策基本法案や住民台帳法改正案などと一緒に、来期の通常国会に上程される可能性があります。これらは共通して、本来許容されるべき多様な生き方を脅かす恐れがあることに注意しましょう。

【近代社会の基本原則に立ち戻れ】
■近代社会の、それ以前あるいは旧東側の社会と比べたアドバンテージは(a)他者たちを侵害しない限り、(b)多様な生き方が認められることです。それ以前の社会あるいは旧東側は、政治権力が一定の価値(王権・イデオロギー)に奉仕することを要求していました。

■(a)他者たち(の権利)を侵害する児童ポルノが規制されなければならないのは当然として、(b)他者たち(の権利)を侵害しないにもかかわらず特定の生き方を政治権力が否定するのは、近代社会の正統性を自ら否定することになります。これは絶対に許されません。

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