2013年12月16日月曜日

非行少年はどのように生み出されるか

(ブログ目次はここをクリック)

創作表現による児童ポルノを合法化すると、子供への性的虐待が低下する(米研究) 
の記事も参考にしてください。

によると、
(7)非行少年は、「将来のために今の楽しみをがまんするのは、ばかげている」とは考えない禁欲的傾向が顕著。

(6)非行少年は、「暴力がはびこるのは大人がだらしないからだ」とは考えない傾向が顕著。非行の原因を自己責任と考える傾向が顕著。

 大人社会の責任で生み出された非行少年ほど、自己の非行の原因を大人社会のせいにできず、また、虐げられている現状を否定することができない弱い心を持つように思われる。

(5)非行少年は、(非行少年なので)「むかついて見知らぬ人をなぐる」非行行為をしたことがあると回答。

むかついて見知らぬ人をなぐる
 非行少年は、禁欲的であり、現状も否定できない弱い心ゆえに葛藤が多いので、その葛藤が爆発して非行行為が生じるように思う。

 携帯フィルタリングによる抑圧は、青少年を禁欲的にし、その禁欲による葛藤を爆発させることで、少年を非行に走らせていると考えられます。
http://sightfree.blogspot.jp/2010/10/blog-post_31.html

 愛知県が、2013年7月から、親が子供の携帯電話のフィルタリングをしない場合に「理由書の提出」を義務化しフィルタリングを強化しました。その愛知県では:
2013年の1月から11月の強姦犯少年の検挙人数は、2012年の同時期に比べて、7人/3人で、2.3倍に急増しました。
 愛知県の2013年の1月から11月の強制わいせつ犯少年の検挙人数は、2012年の同時期に比べて、15人/7人で、2.24倍に急増しました。


(ハワイ大学 Milton Diamond, Ph.D., et al., International Journal of Law and Psychiatry 22(1): 1-22. 1999)
 ポルノを許容する国は性犯罪が増えるかもしれないという懸念や、ポルノを許容したら青少年が悪影響を受けるか、あるいは、社会が何か悪い影響を受けるかもしれないという懸念は、立証されていません。
 我々のデータから、明らかに、日本では利用可能なポルノの大幅増加は性犯罪の劇的な減少と相関している。特に、若者の加害者と被害者との間の性犯罪の劇的減少が顕著。
 「青少年の健全育成のために」という「善意」の下に働けば「必ず良くなる」という夢を持つ事が悪いとは言いません。しかし、本気で、真面目に、青少年のためを思う人は、人の、特に知恵者の意見や助言を真摯に受け止めると思います。
 「青少年のため」と言う人で、もし、その人の行動に、反対意見に回答しようとする真摯さが無ければ、そして、「話が通じない」「考えない」でただ、信念 で決めた事を実行するだけを優先しているなら、その人はとても真摯に青少年のためを思ってはいない「自分のパフォーマンスを人に見せるネタに青少年を利用 しているだけ」と思います。

 

http://sightfree.blogspot.jp/2010/11/1700.html
(韓国では1997年の青少年保護法の制定で、漫画の表現を大幅に制限した以降に、性犯罪が(自殺率も)急増しました)



 青少年保護のためにわいせつ出版物を規律する法律が憲法に違反しないかどうかついては、 憲法学者の奥平が、以下のように述べている。


『青少年保護条例・公安条例』(奥平康弘)1981年 学陽書房ISBN 9784313220072 参照。

日本国憲法は、青少年も含め、年齢のいかんを問わず、全ての日本国民に基本的人権を保障している。
(1)そのため、青少年保護育成条例が表現の自由を制限することが憲法に違反する問題が生じる余地がある。
(2)青少年保護育成条例が青少年保護のためにわいせつ出版物を制限することは、合理的な基礎づけがある場合に限って合憲となる余地がある。
(3)表現の自由を制限する法律は、単に合理的な根拠があるだけでは合憲とはならない。もっときびしい要件を充足しなければ合憲とはいえない
しかし、青少年に限っては、有害物から保護されることが許されるべきであり、合理的に必要なかぎりで、こどもにとって有害なものから保護することが許される

  第3回京都学園大学臨床心理学セミナー      2008年8月30日
非行少年や犯罪者から学ぶ子ども時代に大切なこと
           奈良少年刑務所 教育専門官 竹下三隆 氏
                            (臨床心理士)
<目次>
■は じ め に
■愛されたい気持ち
■心のごはんと心のウンチ
■反省・居場所
■我慢・ホンネでつきあえない・自信のなさ
■男性に犯罪が多い理由
■ツヨガリータ・オトナブリータ・カッコツケタリーノ
■非行少年のストレスや寂しさなどに関する調査の結果
■子どものときに身につけてほしいこと
■子育てで私が大切にしていること
■質疑応答


■は じ め に
 みなさん、こんにちは。私はいま53歳で、妻と中3の息子、中1の娘がおります。子育てについては、私自身、頭ではわかっているつもりでも、いろいろと失敗し修正しながら今に至っています。
 私は今、奈良少年刑務所に勤めております。最初は,昭和60年に播磨学園という初等中等の少年院に赴任しました。そこは,非行や犯罪を起こした子どもたちが一番最初に入る半年間の少年院です。そして、平成11年から京都医療少年院、平成18年から奈良少年刑務所で働いています。
 こういう講演会のお声がかかるとできるだけお応えするようにしているのは、私がこれまで「わかった」と思ってきていることを、ぜひみなさんにお伝えしたいからです。
 少年院や刑務所に入ってくる子どもたちの親はいいかげんに子育てをしてきたのではなく、日々一生懸命に子育てをされてきていらっしゃいます。ただ,その一生懸命さが少年院や刑務所に入る子にするための努力であることがよくあります。つまり,親の努力やがんばりが足りなかったのではなくて、逆に親の一生懸命さが子どもを少年院や刑務所に入るように追い込んでいっている場合が多いように感じます。
努力する方法を知っているか否かで全く違った人生になると思います。
 何を大切にしたら非行や犯罪にいかない、あるいは引きこもりにならない子育てができるのか、そういうことのヒントをお伝えできたらいいかと思ってここにきました。
学生さんには、親になったときに大切なことは何かというヒントを得ていただけたらうれしいですし、子育て真最中の方には、少し力を抜いて子育てをしていただけるようになればいいかなと思います。
またお仕事で子どもたちに関わっていらっしゃる方には、子どもたちとの接し方のヒントを得ていただければうれしいです。

■愛されたい気持ち
 私はこの2年間で約500名の受刑者と面接しました。これまでの少年院での面接を含めると、30分以上の面接を行なった被収容者は2,000人以上に及ぶのではないかと思います。
その2,000人以上の子どもたちに例外がないいくつかのことがあります。
 ひとつは、誰もが愛されたいという気持ちを潜在的に持っているということです。
この子はそうじゃないなと思ったことは一度もありません。
どう愛されなかったのか、どう愛されたいという気持ちがどう傷つけられて育ってきたのかを見ていけば、その子のことがだいたいわかるような気がします。
 この愛されたいという欲求は心の本能だと私は思います。私たちの原点は赤ちゃんですよね。
私は、被収容者によく「赤ちゃんのイメージを言ってごらん」と尋ねます。そうすると「よく泣く」と答えた者がいます。私は、「そうやなあ。赤ちゃんはよく泣くよなあ」と答え、「赤ちゃんは悲しいときには泣くように教えられたのかなあ? 誰にも教えられていないのに生まれたときから泣くことを知っているよね」と返します。また、「赤ちゃんは一人では生きられない」とい言う者もいます。
私は、「いいことを言うなあ。そうだよなあ。赤ちゃんは一人じゃとても生きられないよな。じゃあ大人になったら人間は一人で生きられるのかなあ。たぶん違うよな。知らないうちにいろいろな人の助けをもらいながら生きているよな。大人になっても一人では生きられないのが人間なんじゃないかな?」と返します。 「赤ちゃんは可愛い」ということを言う者もいます。私は、「可愛いねえ、なぜ可愛いんだろうね。あやしてあげたらニコニコしている感じだよな。人をだまそうなんて少しも考えてなさそうだよな。そういうのは生まれたときから持ってるようで何か不思議だね。人間って、きっと生まれたときから『人に愛されたい』という気持ちを持って生まれてくるんじゃないだろうか?」と返します。

■心のごはんと心のウンチ
 私が今日お話する大きなテーマは、「心のごはん」と「心のウンチ」です。身体がご飯を食べて大きくなるのと同じように心にもごはんが必要だと思います。身体がウンチをするように心も上手にウンチをしないと健康は維持できないのだと思います。心のご飯を食べること……
つまり、愛されたいという気持ちが十分に満たされることが大切ではないかと思います。それを無視しては人間は生きていけませんし、少なくとも心が健康でいることはできないのではないかと思います。
そして、身体がウンチをするように心も上手にウンチをすること、すなわちストレスのようなものを外に出してやらないとこれもまた健康を損なうのではないかと思います。
 私は被収容者には、
「生きていると知らず知らずの間に心にもウンチがたまってくる。それを我慢するだけではなくて上手に吐き出して行かないと自分でコントロールできないようになって爆発したり病気になったりするのだと思う。君たちの非行や犯罪もこの心のウンチとすごく関係していると私は思います。もっと心のウンチを上手に出しておけば非行や犯罪をせずに済んだ人は多いと思いますよ。ただし、ウンチもトイレという許可された所で出しているように心のウンチも許される方法で許される場所や人に対して出すということが大切だと思うよ」
と話します。そして続けて
「心のごはんは、自分の話をきいてもらったり、気持ちをわかってもらったり、自分のことを認めてもらったり、かまってもらったり、一緒に遊んでもらったりなどで、
心のウンチを吐き出すというのは、愚痴をいったり誰かに相談したり辛い気持ちを聴いてもらったりすることや、カラオケに行ったり身体を動かしたりして好きなことをやるということなどがそうだと思います」
と説明します。
 非行や犯罪に走ったり引きこもったりする子たちは、心のごはんを上手に食べてこなかったり、心のウンチを上手に出せなかったりした子たちだと思います。非行や犯罪は一つのでかいウンチが吹き出た状態だとも思います。ストレスを溜め込まない生き方と溜まったストレスを上手に吐き出せる生き方を身につけることが大切かと思います。

■反省・居場所
 いろいろと事件があると、加害者が反省しているかどうかに世間は関心を持ちますが、私は
「反省」は犯罪を抑制することには大して大きな力にはならないと思っています。逆に「反省」すると一時はその問題行動が出なくなりますが、また新たな心のウンチすなわちストレスを溜めていくことにもなります。つまり「反省」がまた次の問題行動のエネルギーにもなるということです。深く反省すればするだけ、次の問題行動を起こしたときには激しい問題行動となっていることがあります。
そういうことも知っておくことが大切かと思います。問題行動を起こす人たちの中には、「反省」と「問題行動」を交互に繰り返している人がいます。つまり、「反省」や「決意」を強く持つということだけでは問題行動は無くなってはいかないのです。それまでの生き方やものの考え方、人間関係の持ち方等を見直し、それらを少しずつ変えて行くことが大切かと思います。
 私が接した少年の中にこういう子がいました。中学生の時頃に幼児猥褻をした子です。そのことで被害者の家に家族で謝りに行ったのです。そこで被害者の父親から殴る蹴るの暴行を受けて大変辛い目にあったのですが、その後2、3年してからまた性犯罪をしてしまったのです。
その子が再犯をした直接のきっかけは女の子に振られたことでした。
もともと自分に自信が無かったところに女の子に振られたことで、「もうどうでもいいや」という自暴自棄の気持ちになってしまったのです。
最初の事件の後に、なぜ自分がこのような事件を起こすことになったのかということをみつめることが十分できていなかったのだと思います。
そして,自分を大切にするということができていなかったのだと思います。
 人を傷つける人はその前に自分が傷ついている人であり、人を大切に出来ない人はその前に自分を大切にすることができていない人です。
繰り返し申し上げますが、「反省」と「決意」では何も変わらないと思います。
余計に悪くなることの方が多いかもしれません。
大切なことは、それまでの生き方や人間関係の持ち方等を見直し、自分や他の人を大切にした生き方ができるということだと思います。
 他に、交通事犯で何回も捕まった子がいます。何回捕まっても「今度は見つからんやろう。大丈夫やろう」と軽く考えていたようです。
こういう一見、世の中を甘く見ているような犯罪者が時々いるのですが、こういう人の中には、何かしら重たいものを背負ってしんどい生き方をしている人がよくいます。
きっと重たいものを背負っているから時々それを放り投げたくなるのだと思います。
この子はこう言っていました。「家に居場所がなかった。帰っても親父にガミガミ言われるし、最近では悪いことをするから余計に家にいづらかった。車は動く自分の部屋のような感じでした」と。
人間は、汗をかいたら水が欲しくなるように、甘いものを食べた後には辛いものがおいしく思えるように身体と同じように心もどこかでバランスを取ろうとするのだと思います。
激しい抑圧は激しい爆発でバランスを取ろうとします。非行や犯罪も抑圧された心のバランスを取ろうとした行動であることも多いと思います。
非行や犯罪でバランスを取らないように日常的にバランスを取った生活をすることが大切なのだと思います。
わかりやすく言えば、ガス抜きをすることやガスをためないようにすることだと思います。気持ちをコントロールできなかったことを責めるだけでは、非行や犯罪はなくなっていかないと思います。


■我慢・ホンネでつきあえない・自信のなさ
 我慢する経験をしておれば我慢する力がつくかというと、決してそうではないところがあります。逆に我慢し続ける生活では我慢する力は全然つきません。
 たとえば、お姉ちゃんのお下がりばっかりを与えられて着たいものを着せてもらえなかった妹がいたとしましたら、その妹はお金が入ったら次々に服を買っていく「買い物依存症」になったりします。家が貧しくて欲しい物を買ってもらえなかった人のなかにはお金が手に入ったら、すぐ使ってしまって貯金ができないという人もいます。
 つまり、我慢できているということと抑圧されているというということとは全然違うのです。
「我慢」はそれが解放されることがあって初めて我慢する力がつくのだと思います。たとえば、おなかがすいても給食時間までは我慢するということです。
それに比べて「抑圧」は自分の気持ちを抑えつけた状態ですので、自分をコントロールする力はつかないのです。
 たとえば、わがままを抑圧している人がときどきとんでもない自分勝手なことをしてしまうのがそれだと思います。
私たちは、「我慢」なのか「抑圧」なのかをしっかり見極めることが大切なのだと思います。
家が貧乏でお金がなくても、そこに満足感を見つけて生活できていれば大きくなって買い物依存症にならなくてもすみます。お金がなくても心が満たされる生活をすることが大切なのだと思います。
 心が満たされるためには、人と人との暖かいかかわりがあるということは欠かせません。暖かいかかわりとは、一人の人間としてありのままに認めてもらえて本音で付き合えるかかわりがあることだと私は思っています。
 女性に痴漢行為をして捕まった50歳過ぎの男性がいるのですが、小さい頃からテレビで少しでもエッチなシーンがあると、お母さんがプチッとスイッチを切っていたということです。つまり、母親に性的なことを過度に抑圧されて生きてきたのです。
(過度にフィルタリングされていた)
性的なことを抑圧されたために女の子に過敏に反応し、女の子の前では緊張してしまい少しも話せなかったらしいのです。
国立大学を出て大手のメーカーに就職しても、女の人とうまく話せない。それで激しいバランスとりの行動に出て、街で女の人に片っ端から声をかけたりもしてみたらしいです。その後、痴漢行為で一回捕まりました。そしてまた再びやってしまいました。
小さいころの抑圧がずっと後々までその人の行動に影響を与え続けている例だと思います。
 愛されたいという気持ちが傷つけられ阻害されることが非行や犯罪に至る人たちに共通していることだと申し上げましたが、
 それと同様に共通しているのは、人に自分の気持ちを素直に伝えられないということです。
自分の気持ちを正直に出せないから人と人との関係を十分に楽しめないのです。
それはなぜかと言いますと、自分に自信がないものだから自分を否定されるのが恐いということもあります。
そのため、人の顔色を見て生活したり過剰に人に合わせたりして生活する習慣がついている人たちがいっぱいいます。
 この人たちの自信のなさについてですが、最近私がわかってきたことの一つが交通死亡事故と加害者の「自信の無さ」とが関係しているということです。
たとえば勉強で負けていてスポーツでも負けている。自分には何も誇れるものがない。そういう子たちがバイクや車に乗って無茶な運転をすること他あります。
そういう運転をしても事故を起こさなかったという経験をします。
そうすると事故を起こす奴は運転が下手なんや、俺はうまいから絶対に事故なんて起こさないというような自信を持ってしまいます。
自信のない人が「これは誰にも負けない」というのが出てくると天狗になるというか、過剰に自信をもってしまうんですね。
そうやって無茶な運転を繰り返すうちに大きな事故を起こしてしまうんです。
だから、不慮の事故のように見えても、実際は起こるべくして起こった事故であることが多いと思います。
自信のなさが死亡事故にまで至ることがあると言っていいと思います。
 先日、受刑者に対して自信についてこう説明しました。
「自信とは優越感じゃないぞ。
『あなたにはこういうことができるじゃないの、自信を持ちなさい』ってよく言われるけど、
これは本当の意味の自信には結びついていかないと思う。
自信というのは、自分が優れていようがいまいが、俺は俺でいいと思えること。
そして、俺は生きていてもいいと思えることやと思う。
これが一番大きな自信じゃないかと思うよ」と。
優越感や何か自分が人より優れているものがあると思うところからくる自信は本当の自信にはならないような気がします。

■男性に犯罪が多い理由
 日本人はすごく自信がないと言われます。それはなぜでしょうか。私は「ありのままの自分であってはいけない」というメッセージを小さいときから絶えずもらい続けるからだと思います。
「しつけ」もそうですし「期待」もそうですし「立派じゃないといけない」という刷り込みもそうだと思います。
これらは「ありのままのお前ではだめなんやぞ」というメッセージになってしまいがちです。
たとえば、小学校ではよく「偉人伝」を読まされましたが、あれは「人の中にはこんなに立派な人がいる。偉人伝に出てくる人は立派だけれども普通の人はだめだ。」
というメッセージにもなると思います。そして、それは「立派でないお前はだめだ」というメッセージになるような気がします。
もちろん、向上心のようなものを子どもたちにもたらしてくれるかもしれませんが、自分への自信をなくさせてしまうような教材になるところもあると思います。
そう考えると、褒め言葉というのも怖いですね。「褒められることをするあなたはOKだけど、そのままのあなたはだめ」というメッセージになることがあるからです。
 私も親になって周りのお母さん方が子どもを褒めている言葉を聞いたときにぞっとしたことがあります。
私の子どもと同じ3、4歳くらいの男の子が転んで膝から血を流しているのですが、
我慢して泣かないでいたんです。
そうするとお母さん方は「強いねえ~」と言って褒めたのです。
私はそれを聞いて男に犯罪が多い理由がよくわかった気がしました。
大人は「泣く奴は弱い奴だ。それは男としてだめだ。男は強くないとだめ」というメッセージを物心がついたときから常に送り続けているのですね。
 犯罪は男性に多いですよね。近畿地区に少年院が八つありますが、そのうち六つが男子だけの施設で、ひとつが男子と女子、ひとつが女子だけの施設です。
犯罪の種類で言えば、たとえば傷害、恐喝などは男のほうが似合う気がします。
たぶんそれは、男の子に「男は強くなければならない」という刷り込みがなされた結果ではないかと思います。
誰かを懲らしめることで自分の強さを証明できるからだと思います。
医療少年院に、「僕は有名な殺人者になりたかった」と言っている子がいました。
殺人者は人を殺すという恐いことをやれるから男らしいということです。かっこいいということです。
強い一番手は殺人者だということです。
「なんやおまえ、弱虫!臆病者!」となじられることからもわかるように、男にとって弱いことは男としてだけではなくて、人間としてだめなことにもなります。
「男は弱いのはだめ。強くないとだめ」という価値観を小さいときから刷り込まれ、プレッシャーを与え続けられて生きているのです。
そして、人に勝つことだけが男の生きる道なんです。勝つこと以外に価値観を見つけない人もいます。そういう生き方一生貫いて死んで行く人もいます。男は可哀想で寂しいんです。
人に勝たないといけないという気持ちが潜在意識にあるものですから、男はコミュニケーションをとるのが苦手なのだと思います。
子どもが幼稚園のときに幼稚園の行事に参加したときにも、お母さんがたはペチャクチャようしゃべってはりますが、お父さん方はどのお父さんを見ても一人でポツンとしていました。相手の職業や年収とかを気にしてなかなか話せないのだと思います。


■ツヨガリータ・オトナブリータ・カッコツケタリーノ
 彼らを理解するための三つの言葉があると私は思っています。その3つとは
「ツヨガリータ」
「オトナブリータ」
「カッコツケタリーノ」です。
 「ツヨガリータ」とは「俺は強い。弱虫やへたれなんかじゃない」と強がっている人たちのことです。
 「オトナブリータ」とは「俺は何でも1人でできる。人の助けなんかいらない」と頑張っている人たちです。
 「カッコツケタリーノ」とは「見栄を張ってええかっこして生きる」人たちです。
 この3つの言葉で非行や犯罪をする人たちのことをかなり説明できると思います。そして、この3つは「自分を認めて欲しい」という気持ちから出ているのだと思います。
男の場合、認められることが自分を愛されることになるようです。
強がって大人ぶってかっこつけた生き方は背伸びした無理した生き方になってしまいます。そういう無理した生き方と犯罪とはセットになっているような気がします。
私が少年院の子と一般の高校生を比較した調査結果にもそれが表れています。

■非行少年のストレスや寂しさなどに関する調査の結果(資料省略)
 各質問項目への評定結果を掲載していますが、上段が少年院の少年、下段が公立高校の男子生徒の回答です。
評定は、「とてもよくあてはまる」
「あてはまる」
「どちらとも言えない」
「あてはまらない」
「まったくあてはまらない」
の5段階になっていますが、「とてもよくあてはまる」と「あてはまる」に評定されたパーセンテージの合計値を、上段(少年院の少年)と下段(公立高校の男子生徒)で比較していきたいと思います。
 「親に対して迷惑をかけてはいけないという気持ちが強い」は上段が69%、下段が60%です。
少しだけ少年院が高くなっています。少年院の子らの中には離婚家庭の子がいたりするのですが、そういった子は、お母さんが頑張っている姿を見て、お母さんにわがまま言ってはいけないと小さい頃から頑張っている子が多いんです。そうやってがんばりきれなくなって非行や犯罪に走ってしまった子がいっぱいいます。
いわば、ためこんでためこんで爆発させたのだと思います。だから私は彼らにこう言います。「大迷惑をかけないために小迷惑をかけなさい。大きな世話をかけないために小世話にならなきゃいけない。大きくキレないために小ギレなきゃいけないのやで」と。
 「人に対して迷惑をかけてはいけないという気持ちが強い」は上段が40%、下段が73%です。
これは高校生のほうが高いですね。少年院の子は身内には気を遣うけど、「他人のことは知らんわ」という子が多いのかもしれません。身内と他人との壁が一般の子達より大きいのかもしれません。
 「人に甘えることはなかなかできないほうである」は上段が54%、下段が31%です。
これを見ると何か悲しくなってきます。彼らはなかなか人に頼むことができないんです。先日も受刑者の一人がトイレに行くときに、手に持っているファイルを預けさせようとして言葉を添えて私に頼むように指導したのです。私が「先生このファイルを持っていてもらえませんか?」と言い方の見本を示したのですが、「お願いします」とぎこちなく言うことしかできませんでした。人に助けを求めるときの言葉がなかなか上手に言えないんですね。人の助けを求められない生き方はとてもしんどくなります。人に助けを求めておれば防げる犯罪や非行は多いと思います。
 犯罪や非行がなければそれでいいのかというとそうではないと思います。犯罪や非行はないが精神や心に変調をきたすということがあってもいけないと思います。犯罪とか非行がなく、かつ健康で生きていけるということが大切だと思います。
 親からも虐待を受け,預けられた施設でもいじめも受けているのに非行歴がない子がいました。その子の受けた心の傷はどうなったのかというと、自分の心の中に傷を背負い込んでしまってうつ病になっていました。近畿にある少年院には大阪の子が半分以上いるのですが、医療少年院には大阪の子がすごく少なかったのです。なぜかということを私なりに考えて私が出した結論は、大阪は犯罪の街だからということです。例えばひったくりの数は日本で一番多いということです。非行や犯罪で発散できるところがあるからなのだと思います。田舎の方が近所の目があって悪いことができにくくその分気持ちを病んでいくことが多いと思います。
 「いやなことがあっても我慢して、人には言わないほうである」は上段55%、下段30%です。
少年院の子の方が我慢しているということだと思います。
「自分の気持ちをうまく表現できないほうである」は上段71%、下段48%です。
これも少年院の子の方が高くなっています。
 「どちらかというと悪い方に考えてしまうほうである」は上段73%、下段54%です。
私が医療少年院に勤めているときにこんなことがありました。掃除がよくできていたので私が一人の子をほめたら、その子が血相を変えて怒り出したんです。「今までダメだったっていうことですか?」と。びっくりしました。これまでの人生でほめられたことがないから、ほめられるという感覚がわからないということでした。別の子に、「ほめられたらどう思うか?」と尋ねると、「自分のことをおちょくられていると思います」という答が即座に返ってきたことがあります。それまでの人生で自分のことを認めてもらえたという体験が乏しいため、どんなほめ言葉も「愛されない回路」に結びついてしまうのだと思います。一般の大人の人にも相手のしたことを悪意に受け取るような傾向がある人の方が多いような気がします。例えば、子どもが自主的によかれと思ってやったことでもよく言いますよね。「勝手なことをするな!」と。子どもが人の意思を無視してやったみたいに決めつけてしまうのだと思います。「こちらに聞いてからやりなさい」で十分だと思います。
 「失敗を恐がる面がある」は上段76%、下段50%です。
失敗することにビクビクしてるんですよね。ミスすることに過剰に反応してしまう面があるんです。どういう体験をするとこうなるのでしょうか。ミスしたときに怒鳴られたり、殴られたりしているからだと思います。ミスをしないように集中力がつけばいいのですが、それよりも「ミスするかもしれないようなことは最初からやめとこう」と消極的な子にしたり、ミスしたことを素直に認めずミスをごまかそうというような子にしたりしてしまうことにもなります。
 「思いこみが強いほうである。」は上段69%、下段46%です。
 「だれかがひそひそ話をしていると自分の悪口を言われているような気がする」は上段66%、下段39%です。
「人に負けるのが嫌いである」は上段82%、下段60%。
率が高いですね、これは勝ち負けに対するこだわりというよりも、負けに対して挫折感を強くもちすぎるのかもしれません。
「一人でいることはとても嫌である」は上段65%、下段24%です。
これは非行をする子達が「群れ」を作りやすいということなのだと思います。
 私が意外だったのは、
「兄弟や家族の中で『自分だけが違うのではないか』と思うことが多かった」の上段50%、下段14%です。
非行の子がいたら、まずは兄弟姉妹への思いを聴いてあげることから話のきっかけを作っていけるかもしれません。
「『男は強くなければならない』とか『女は控えめでなければならない』という気持ちが強い」は上段40%、下段21%です。
また、「『男は外で働き、女は家庭を守るべきだ』という気持ちが強い」は上段50%、下段21%です。
これらだけでもわかりますよね、彼らの力んだ生き方、無理した生き方が。少年たちに私はこう言います。「マラソンでは全力で走ったら完走できひんやろ。全力がマルだとは限らへんのやで。どれくらいの力でやったら完走できるかを考えて生きていくんやで」と。なかにはこういう子がいました。1500メートル走をしましたら、最初から短距離走みたいにダッシュしていくんです。もちろん途中でバテてしまい歩き出します。そしてまた勢いよく走り出します。これも彼らのどこか力んだ生き方と通ずるところがあるのではないでしょうか。

■子どものときに身につけてほしいこと(資料省略)
 まずは、十分に親に甘えることが何よりかなと私は思います。甘えるとはスキンシップや話を聴いてもらうことです。みなさん、辛いことやくやしいことや悲しいことがあったとき、話を聴いてもらって元気になったという体験はないですか? また明日頑張ろうという気になります。私は「冬のお風呂」に例えるとよくわかると思っています。寒い冬にお風呂で暖まったらその温もりで裸のままでもしばらく持ちこたえられます。それといっしょで、甘えることができると心が暖まって精神的に持ちこたえる力を与えてくれるのだと思います。植物に例えると十分な栄養が太い幹を作ってくれるように、甘えられるという体験が精神的な図太さを作ってくれるのだと思います。
 それから同じようなことですが、他者から援助をもらって生きる生き方を身に付けて欲しいと思います。私は受刑者にもこう言います。「自立とは一人で立たないことや」と。そして「一人でずっと立ち続けて行くことはできない。人の力をもらうことができないと必ず行き詰る。
行き詰ったときに全部放り投げる。その結果が犯罪に結びつく。そういう経過をたどっている人が多い。犯罪に走らなくても目いっぱいの生き方は病気にもなりやすい。時には死に至る病もある。過労死もそうだと思う」と説明します。
 よく「子どもは褒めて育てなさい」と言われることがありますが、褒めることがそのまま人を良い方に導いてくれるとは限りません。褒めることで褒めていることと反対側のことを否定するメッセージを送ることにもなるからです。ですから、私自身は子どもを褒めるときには、価値観にまで高めて褒めないように気をつけています。「賢いねえ」とか「偉いねえ」とか「強いねえ」等とは言わないようにしています。そう言われ続けたら子どもはどうなるでしょうか。
賢くない人を馬鹿にするようになるでしょうし、「やーい弱虫」と言って弱い子をいじめるようになるかもしれません。少年院や刑務所に入る子たちは、ほとんどが弱いことはだめなことなんだと思っています。そこで私はこう言うんです。「弱さは魅力なんやで」と。「私なんぞは強い女の人には何の魅力も感じない。か弱くて寂しげで人恋しそうな雰囲気のある人に魅かれる」と。そして続けて「弱さは喜びを連れてくるんや。弱いから、人に助けてもらったときうれしくなるんや。強かったら嬉しくないやろ?」と。
 彼らは偏った価値観を刷り込まれて生きてきています。学校教育も価値観の刷り込みを行っていると思います。例えば「勇気」について考えてみたいと思います。「勇気」は時に人を残酷にします。「勇気」を証明するためには残酷であることが必要なことがあります。例えば、戦争で勇気があるというのは、人を一杯殺せるということでしょ。自分の命がどうでもよかったら、勇気は一杯出てきます。
 逆に「臆病」なことはだめなことでしょうか。そうでもないと私は思います。自分の命を本当に大切にしようとしたら人は臆病になると思います。危険なことがあって命を守ろうとしたらまずは逃げることが大事なことであることが多いと思います。
 私たちが良いと思い込んでいる価値観は、おそらく為政者が政治をするときに都合のいいような価値観が多いような気がします。そういう意味で、親や社会の価値観をそのまま鵜呑みにしないし、させないことが大切だと思います。そういう意味では常識やこれまで信じられてきたことに囚われないで、自分の頭で考える習慣が必要だと思います。
 そして、自己表現力を養うことが大切だと思います。自己表現力を養うことでストレスを溜め込むような生き方をしないで済みますし、溜まったストレスを発散することができるからです。
 よく「親の言うことを聞かない」と言う人がいますが、これこそ親の都合のいい見方だと思います。「親の言うことを聞かない」と言うとバツみたいだけど、「自分のことを主張できる」と言えばマルですよね。「反抗期」という言葉を誰が作ったんでしょうね。「自己主張期」とでも言えばまた違う印象になるでしょう。この「反抗期」という言葉にも私たちはだまされているんじゃないかと思います。
 ストレスの発散の仕方について学ぶことも大切でしょう。私は、職場で疲れてくると、「もうやめたやめた、仕事やめた」って言うんです。できるだけストレスをためないように、言葉にしています。一言いうだけでもだいぶ楽になります。
 それから、人間関係の持ち方について学ぶことも大事です。たとえば、コミュニケーション力がないと、結婚生活はもたないでしよう。それで離婚に至る場合もあると思います。
コミュニケーション力とは何かと言うと、人の甘えを受けとめられるということかと思います。「かまへんで」と許せる人。
でも、自分の甘えを受け止めてもらうという体験をしていないと人の甘えを受け止めることはできません。
しっかりしていても、ちょっと人間関係が苦手だという人がいます。
逆に全然しっかりしていないのに、友だち関係はじょうずにやっているとかありそうですが、それは結構うなずけることかと思います。しっかりしている人は他者にもしっかりすることを求めがちです。逆にしっかりしていない人は他者がしっかりしていないことも気にならないのかもしれません。
 自分を許して受け入れられると、人のことも受け入れられるんですね。その逆もそうだと思います。人を許せない人は、自分を許せないんですね。
 浮浪者を襲って懲役10年以上の子がいるのですが、その子が自分のやったことを振り返って「道徳観や正義感が強いことは人を悪魔にする」と言っています。
つまり、人を許せなくなるんですね。この子は人がちょっと嘘をついただけでも殴っていたと言っています。その子がこう言っています。「私の母はすばらしい人です。家事、仕事、子育ての3つを同時にこなしていました。怒っても翌日は笑顔。客商売なのでいつもニコニコ。やさしさを超えて仏教の慈悲の境地にいるのかと思うくらいいい人でした。そんな母を見ながら、私は人の心の悪い面からすべて目をそらし、誰の心にもあるモヤモヤとしたものを自覚せずに成長していきました。
つまり、心の裏側を抑圧して溜めていたんです。
母という道徳観の固まりみたいな人から自然に影響され、私も道徳観が強くなりモヤモヤが大きく膨らんでしまいました。
憎しみとかも同じです。抑圧すればするほど反動は大きかった。
道徳の裏にある抑圧に気づいたのは、一気に爆発したあと、すなわち人の命を奪ったあとでした。
私はいま、心地よい言葉に惑わされないよう、コツコツと罪を償っています」と。
 みなさん、子どもにいい価値観をいっぱい刷り込んでみてください。そうすると、その価値観と全く反対の子を作ることができます。そういう意味では学校教育は誤ったことをしているかもしれません。教室に「みんなに親切にしましょう」「いじめをなくしましょう」と理想をかかげるということは、そうじゃない子を「許さないようにしましょう」と言っていることにもなります。理想を掲げれば掲げるほど、人を責め人を傷つける人になるかもしれません。
 自分に自信がもてるようになることが大切だと言いましたが、そのための最も有効な方法は、
子どもに「ありのままのあなたでいいよ」というメッセージを伝えることだと思います。そのメッセージを伝える人が、ありのままの自分でいいと思っていないで、言葉だけで伝えても伝わりません。そういう意味では、大人である私たちが自分自身のことをいかに受け入れていくかということは私たちの課題でもあるかと思います。

■子育てで私が大切にしていること(資料省略)
 まず、応答することですね。「ただいま」と言ったら必ず「おかえり」と返すようにしています。人は自分にされたことを人にしていきます。人にしてほしいことはその子にしていけばいい。応答された子どもは人に応答できるようになります。応答できないと人といい関係が作れません。それから「ありがとう」の言葉です。親子であっても当たり前にならないように、
相手にしてもらったことには「ありがとう」を言うようにしています。「人にはやさしくしなさい」と教えられるからやさしくなるわけではないんですね。
 しつけは子どもを歪めてしまうことになることが多いので、気をつけなければいけないと思っています。しつけはよい習慣を身につけさせるぐらいの気持ちでいいと私は思っています。
 それから、子どもが自分自身のことを大切にできるように、素直に甘えられるように、そのために子どもにプレッシャーを与えすぎないようにしています。楽な気持ちになると何かやりたいと思うようになります。逆にガミガミ言われると嫌になります。勉強なんかそうですよね。
余分なストレスを除いて素直な気持ちを引き出していくと、学習意欲が出てくるんです。ストレスが少なくなれば、その分のエネルギーが出てくるんだと思います。
 私の息子が家のアイスクリームをこっそりと食べて、「食べたのはおらじゃない」と言い張ったことがありました。そのとき「嘘をつくな」と厳しく責めるという方法も思いつきましたが、そこでガツンとやったらたぶん自己嫌悪して自分を責めてしまったり、親に心を開かない子になったりするのじゃないかと思ったのです。結局、私は何も言いませんでした。息子を変えるより親である私が変わらないといけないと思ったからです。息子に本当の気持ちを出させないようしていたのだなと気付き、できるだけ子どもの声に耳を傾けるようにしていきました。
そして、息子の言うことを否定しないように気をつけました。がみがみ言わないということも子どもが育つためには大切なことのように思います。
 夫婦の関係をよくすることも大切にしています。いい関係を作る第一歩は妻のしてくれることを「当たり前」にしないことだと思っています。日本人は甘えるのが下手な分、自分のためにしてほしいことを「あたりまえ」という言葉や「常識」という言葉にすり替えるんですね。
俺が働いてるんだから、帰ったら風呂が沸かしてあるのがあたりまえ。ご飯ができていてあたりまえ。だから、「ありがとう」と言わない。「ありがとう」を言わないから妻もだんだん義務感でしかしなくなる。そうやってお互いの関係が冷え切って行くということになるのではないでしょうか。感謝の気持ちを持つためには「当たり前」のレベルをできるだけ低くすることかと思います。
 「自分の弱音と人の弱音を認めよう」、「親もストレスを溜めず無理のない生き方をしよう」、
「子どものためだけの人生にならないよう親も生き甲斐をもとう」ということも大切にしています。
 それから、「人の立場に立ってものごとを考えよう」というのはいいことのように思えますが、いつも人の立場だけに立って自分の意見を言えなくなっては困りますね。わがままはやめようというのも、わがままも枠を越えてしまえばいけないでしょうが、わがままを全く出せなくても困ります。受刑者にこう話します。「彼女とデートに行って、彼女に『何食べたい?』
と尋ねたら『何でも』、『どこに行きたい?』と聞いても『どこでも』。そんなんでは面白くないやろ。わがままは必要なんやで。わがままがないのは面白みがないよなあ」と。いろんな角度から価値観を見直すことが大切だと私は思います。
 最後に、今日は学校の先生方も多く来てくださっているとお聞きしていますが、保護者の方で学校側を責めて相手の言い分に耳を貸さないと思える人がいると思いますが、相手を責める傾向のある人は自分をよく責めているように思います。自分を責めるから、人を責めることで自分を少しでも楽にしたいんです。そして、不満を言う人はその不満の反対側には自分をわかってほしいとか、自分を愛してほしいという気持ちがあります。そういう人への対処の仕方としては、まずは話に耳を傾け不満をしっかり吐き出させることが一番有効かと思います。
本日は熱心にお聴きいただきましてありがとうございました。ご清聴ありがとうございました。

質疑応答
Q.それなりに決意をもって少年院を退院していくと思うのですが、再犯でまた少年院に帰ってくる率は高いのでしょうか。
A.2割から3割ぐらいだと聞いています。再犯で戻ってきた子を見ると、あまり変わってない子もいます。少年院はたいがい1年以内です。そうすると、その間「できるだけがまんして生活する」ということになることが多いように思います。再犯を少なくするためには、子どもの心の中の寂しさやストレスを抱えた生き方等に踏み込んで指導することが必要なのではないか
と私は思っています。

Q.警察の駐在所で最初に取り扱う(出会う)時の一言目は、必ずと言っていいほど嘘であるのは、なぜなのでしょうか。本人は嘘とは思っていないのでしょうか。
A.彼らは咄嗟にごまかすという回路ができてしまっている子が多いように思います。怒られるのが恐いから嘘を言う場合もあるように思います。また、自分のことを上手に言えず、思いついたことを言うということもあるように思います。いずれにしても、自分ことをわかってほしいという気持ちは持っていますので、じっくりと聞いてやってほしいと思います。少年のなかには、話を聴いてくれた警察官のことをすごく慕っている子もいます。少年の過去のつらかったこと、弱い面等をわかっていただくことで、本当のことを話せるようになるのだと思います。

Q.しつけの影響が大きくて犯罪を起こすようになった少年に対して、その影響から自由になったり、少年自身が自信をもてるようになっていくために必要なこと、大事なことはどういうことでしょうか。
A.しつけられた内容の事実を知るということですね。そこから自分がどういう影響を受けたかを考えることが大切です。そして、修正できることを淡々と修正していきながら、「愛されたい」という気持ちに素直になって生きられるようにすることが大切かと思います。彼らが自信を持てるためには、本音で話し、その話したことを相手から否定されないということがとても重要だと思います。

Q.反省と決意だけでは再犯は防げないと言われましたが、再犯を防ぐための生徒指導のコツを教えてください。
A.私が大切にしていることは、その子の今までの生き方を見つめさせるということです。生まれたときは赤ちゃんで真っ白ですから、そのあとに自分はどうなってきたかを辿らせることを大切にしています。そして、その子の「愛されたい」という気持ちを開かせることです。それから、反省文より効果のあることとして、たとえばその子がいじめっ子だったとしたら、いじめた側としての言い分、理由を思いっきり書かせるんです。ホンネを出させるわけです。そうすると書きながら、自分の書いたものを見ながら、もしかしたらこうだったかもしれないという異なる視点に気づいたりすることがあります。またその書いたものをいじめられた子が読んだらどう思うと思うかも尋ねたりします。この方法はロールレタリングという手法でもあります。

Q.犯罪への道を歩む人には、発達障害を持つ人がかなりの割合でいると聞きます。保育園や幼稚園、小学校の段階でその障害を発見し、それに応じた子育て、保育、教育をしていくことが大切だと思いますが、どうでしょうか。また、発達検査等を早期に行い、その結果に応じた子育て、教育がなされていたなら、このような犯罪が起こらなかったかもしれないという事例がありましたら、教えてください。
A.よくない行動をして叱られることばかりを繰り返されてきた子どもたちがいます。そういう子どもたちは自分を抑えつけながら生活しています。子どもの発達は子どもらしさに徹して生きることで促進されると私は思います。そして、人とかかわって、応答してもらって、甘えを受け入れてもらって進んで行くのだと思います。行動をどう教えるとかではなくて、気持ちを満たしてあげるていねいな対応が大事だと思います。それによって発達していくのだと思います。また、その子の中のストレスになっている状態をクリアーにしていく作業をする中で能力が伸びて行くという実感があります。もやもやとした頭をすっきりさせ、自分の気持ちを表現できるようになれば子供の能力は伸びます。無理に大人の行動をさせると、大人になれません。子どもの面が心に残ってしまうからです。アダルトチャイルドは小さいときに大人をやらされた人です。ジコチュウといわれる人は、実は小さいときはすごく大人を頑張った人なのだと思います。 

Q.子どもを一生懸命育てているのに子どもが罪を犯すというお話が冒頭にありましたが、その努力が間違っているというのは、「性的なものを過度に遠ざける」「過度に道徳的」あるいは「男らしさなどの価値観の押しつけ」といったことでしょうか。その他にもあればお教えください。
A.しつけはいい習慣を作ってくれることがありますので、しつけを全て否定はできないと思いますが、抑圧になることが多々あります。「してはいけない」と言われればしたくなるのです。正しいことを教えれば教えるほど不正をしたくなるのです。私が自分の子育てでも大切にしていることは、「子どもらしく生きられれば自然と大人になる」ということです。そして「人は自分にされたことを人にして行く」ということを信じて自分の子へも収容されている子たち
にも接しています。 

Q.幼稚園で一人の園児が蟻をいじめていたらしく、他の園児(男児)が「蟻も命があるんやから、いじめたらアカン!」と大声で怒鳴っていました。私はそのとき、その子にすごく感心したのですが、今日のお話をうかがって、その子は本当は自分も蟻をさわってみたいという気持ちを強く抑えているのではないかと感じました。子どもの頃のしつけで「命の大切さ」を教えることは、価値観の押しつけになるのでしょうか。
A.一つの見方だけじゃなくて、違う側面での見方も示していただいたようで、嬉しく思います。その男の子は、「命は大切にしなさい」と言われてそういう行動をしたのかなと思います。
私は、命の大切さは教えられてわかるものではないと思っています。原点は自分の命の大切さを実感することです。自分の大切さを実感するためには自分が大切にされるという体験を持つことです。自分の話を聴いてもらったり自分を認めてもらったり、自分のために時間を使ってもらったりすることです。また、自分を大切にするとは、自分の身体、自分の気持ち、自分の時間、自分のお金、自分の持ち物等を大切にすることかと思います。よく「お前、暇やろ?」と言って相手を誘う子がいます。そういう子は自分が暇だから相手も暇だと思うのです。それといっしょで、自分の命の大切さが実感できないと他人の命の大切さも実感できないんです。

Q.竹下先生ご自身、現在に至るまで、またこれから、どのような思いをもってお仕事をされるのか、お教えください。
A.その子が身に付けてきているもので余計なものは取っていって、本来のその子の姿に帰してやるということかと思います。そして、彼らにとっての人生が開けて行くための出会いの1人になりたいということです。彼らはよく「今まで自分の話を聴いてもらったことがありません」とか「甘えた記憶がありません」とかいうことを簡単に言い切ります。今まで「ゼロ」であったものが「1」になったらすごいことでしょう。その「1」になれればと思って仕事をしています。そしたら、その少年がまた誰かの「1」になるかもしれない。そうやっていい伝染をしていけばすごいことかと思います。少年との間でも、今日のみなさんとの間ででも、ひょっとしたら初めの「1」になるかもしれないと思って人とかかわります。

Q.子どもを叱るとき、ほめるときの区別はどうすればいいのですか。子どもに自信をつけさせるにはどうすればいいのですか。
A.むずかしいですよね。あまりほめたり叱ったりしないほうがいいのかなと、最近は思っています。褒めるときは価値観に高めて褒めないことには気をつけています。「立派だなあ」とか「賢いなあ」の言葉を使って褒めることはしません。それは「立派じゃないこと」や「賢くないこと」がだめだというメッセージを送ることにもなるからです。「やったね」ぐらいで済ませます。叱るときは、人間として否定されたり拒否されたりしたというように受け取らせないようにすることが大切かと思います。叱ってもほめても、相手がどのように受け取るかについては気をつけて、できるだけ確認するようにしています。ほめても叱っても「愛されない回路」に直結する子がいるわけですからね。自信については、必要とされている自分、愛されている自分、この2つの実感が必要だと思っています。

Q.愛着障害から問題行動を示している子と関係をつけるかかわりを行っていると、反抗的に相手を試すような行動を向けてくることがありますが、どのような対応が最善でしょうか。また、集団のなかでの対応が必要なときに留意すべきことは何か、教えてください。
A.少年院でも、職員の前でバタッと倒れる子がいます。そういう屈折した表現をするというか、ストレートに「愛してほしい」というメッセージを出せない子がいます。そういう場合にはそれを否定せず、少しずつストレートに出せるように持っていくことを個別の関係のなかでやります。そうしないと、ゲームになってしまいますよね。ゲームになるともう大変です。集団のなかでは、そういう屈折した表現に対してみんなで無視するような対応をとるところもあ
ります。バタッと倒れても誰も反応してくれなかったら、その行為は通用しないことになりますからね。でも私は、無視するという方法は危険を含んでいるように思います。「愛してほしい」というメッセージを出せなくなり、心を閉ざしてしまう可能性があるからです。やはり、個別の関係に持っていくことが大切かと思います。集団のなかでの問題行動を無視しても、誰か1人はどこかでちゃんと受け止めてやらないといけないと思います。「先生、変わるのではなくて元に戻ることが大切なんですよ」と教えてくれた子もいます。その子の本当の素直な姿に帰してあげることが大切だと思います。 

Q.子どもが自己表現をできるようにするには、どうすればいいですか。子どもと仲良くなるにはどうしたらいいですか。「悪いことをするな」「良いことをしなさい」などは言わないほうがいいと言われましたが、小学校ではどのようなことを教えればいいですか。竹下先生の描かれる理想の人物像は、一般的に描かれるそれとは異なるような気がしますが、どうすれば先生の思われるような「いい人」に成長していきますか。
A.自己表現とは本当は自然に出てくるものだと思います。自己表現すると何かしら相手からの反応があります。その反応で傷つけられることが多いと自己表現することをあきらめてしまったり自分の殻の中に閉じこもったりしてしまうのだと思います。心に傷を受けるから自己表現しなくなるのだと思います。自己表現した子どもの心を傷つけないような配慮が必要なのだと思います。
 子どもと仲良くなるためには、こちらもチャイルドの面を上手に出しながら子どものチャイルドの面を解放し否定しないということが最も有効ではないかと思います。
私は理想の人物像というのはあまり考えたことはありませんが、強いて言うならば、「人を受け入れることができ、人の気持ちを解放してやれる人」かもしれません。「愛情力」のようなものを持っている人でしょうか。気持ちよく生きて行くためには、人間関係に喜びを見出して生きていくということは不可欠な要素だと思います。そのためにも「愛情力」のようなものが必要だと思います。「愛情力」とは人を愛せる力でしょうか。この「愛情力」は、自らが愛情をもらうという体験をしないとこの力はつきません。子ども時代には人に十分甘えて、自分を受け入れてもらうという体験や自分の話に真剣に耳を傾けてもらうという体験を重ねることが「愛情力」を育ててくれるのだと思います。

Q.私は、嘘は子どもの成長にとても大切なものではないかと考えており、大人が子どもの嘘を叱責すると子どもの世界を育むプロセスを妨げてしまうのではないかと思います。先生は子どもにとっての嘘の意味をどのようにお考えでしょうか。
A.「本当のことを言ったら相手を傷つけてしまう」ということがわかるから嘘をつくのではないでしょうか。だから、嘘をつくのは人間として成長してきている証拠なのだと思います。

Q.痴漢行為に走る立派な大人の人は、どんなふうに考えているんでしようか。事件を知ってびっくりすることがあるので。
A.痴漢行為ができるために必要な要素がいくつかあると思います。まず1つに「女性を1人の人間として大切にする気持ちが育っていない」ということです。次に「ストレスフルな生活をしていて、一杯いっぱいの状態になっている」ということです。3つ目に「ばれないだろう」という自信。4つ目に「痴漢をすると相手の女性が喜ぶだろうという思い込み」などでしょうか。
こういう人の中には、小さいときに女の子と仲良くできなかったという人や、大人になっても女性と対等に付き合える自信がないというようなコミュニケーション障害を抱えている人もいます。 

Q.高校に入学してすぐに停学になり、そのまま学校をやめました。でもとくに仕事に就くこともなく、19歳になってしまいました。もう一度、夜間高校へ行かせたいのですが、自分の子どもでもないので積極的には言い出せません。これからの生き方についてとても心配ですが、その子どもの気持ちを優先させるべきか、かかわりをもって高校へ行くことを薦めたらよいか、とても悩んでいます。
A.子どものことをこうやって真剣に考えてくれる大人の存在は欠かせないと思います。どの子にもこういう大人が一人はいて欲しいと思います。ただし、助言よりもまず、彼が高校生活を続けられないという苦しみや辛さに耳を傾けることから始めてほしいと思います。自分の話を聴いてもらえないうちに助言をされても「俺のことをわかってくれない」という気持ちを持ってしまい、人の助言を聞き入れることはできません。この子自身、「高校は行っておいたほうがいい」くらいは思っていると思います。「わかっているのにできない」ところに正論を言われると反発したくもなります。こういう子たちに共通していることの一つが、人間関係づくりが苦手だということです。また、自分の理想が高すぎるために挫折感を感じやすいという面を持っていることもあります。要するに、その子の話にしっかり耳を傾けてその子を理解することやその子自身が気持ちを整理する手助けをしてあげることから始めたらいいと思います。
指導助言は一番最後でいいと思います。

Q.最近は「強い枠組み」が必要とよく言われますが、どう思われますか。
A.おそらく「強い枠組み」という発想は、「人間は自由にさせておけば何をするかわからない。だから、強い規制をしないといけない」という考え方から来ているのだと思います。確かに「強い枠組み」で人の行動を一時は規制することができると思いますが、全ての人をずっと規制し続けることはできないと思います。なぜなら、人は「愛されたい」という本能を持って生まれてくるからです。本能を無視し抑圧して生き続けることはできません。つまり、「強い枠組み」で規制すればするほど抑圧が強くなり、その抑圧が爆発して逆に大きな問題行動を引き起こす可能性は高くなると思います。もし「強い枠組み」で完全に規制されれば病気になったり早死にしたりすると思います。
(了)



参考サイト:弁護士会の読書「反省させると犯罪者になります」
ポイントは「反省すると犯罪者になる」ではなく、「反省させると……」だということ
(この本のタイトルは、あまりに刺激的なので、よくあるキワモノ本かもしれないなと、恐る恐る手にとって読みはじめたのでした。
すると、案に相違して、私の 体験にぴったりくる内容ばかりなので、つい、「うん、うん、そうだよね」と大きくうなずきながら、最後まで一気に読みすすめてしまいました。)

両親が厳格過ぎると子供は非行に走りがちとの研究結果
(欧州6カ国11~19歳の学生8000人を対象にアンケート調査を行い、子供達が「親からどのような教育を受けているか」といった質問に答えた。)


子供の貧困の原因の母子家庭は、
大部分が、離婚が原因のようです。
そして、その離婚の原因は、貧困のようです。
http://sightfree.blogspot.jp/2012/10/1995.html
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/rikon10/01.html
 先進国の北欧をはじめとするヨーロッパでは、大学の授業料が無料というだけでなく、大学生に生活費が支給されます。つまり、大学に行きたい人は誰でも生活が保障されて通学することができるのです。 

 それに対して、最近の日本では:
(1)安倍晋三政権は2013年から、貧困層への生活保護基準引き下げ(保護費削減)を実施。
(2)来年度(2015年)は子育て給付金中止、低所得者向けも圧縮ですって。 
(3)「無料塾」継続困難に 来年度(2015年)から国の補助減
琉球新報 9月5日(金)配信
(4)生活保護世帯の学習支援事業 2015年度から国庫補助半減。
(5)防衛費、補正予算倍に 「経済対策」名目に拡充(2015年1月8日)

 
 アメリカでは、「徴兵制はいらない。貧困があるから」と言われていて、まさに国家規模の「貧困ビジネス」が戦争になっているわけです。 


リンク:
マンガを規制すると13歳以下の少年による強姦犯罪が増す
東京都の少年非行の推移(13歳以下の刑法犯罪が急増)
アニメやインターネットが少年非行(恐喝)を減少させたかも
東京都の強姦犯罪件数
スウェーデンの表現規制
群馬県でも携帯フィルタリングを開始したら少年による強姦が増えた
神奈川県でも携帯フィルタリングを開始したら少年による強姦が増えた
ポルノの大幅増加が性犯罪の劇的な減少と相関関係がある。特に青少年の間の性犯罪において顕著。
創作表現による児童ポルノを合法化すると、子供への性的虐待が低下する(米研究)
山本弘さんのMIXI掲載の論証
長野県で13歳以下少年非行が改善されつつある

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